1.1 生きるべきか死ぬべきかそれが問題だ

ニャァ〜! まずい! このままでは初日から遅刻だ〜!

ワタシは三毛猫。名前はネコ美。この春から大学に通い始める新入生だ。今日から、憧れのキャンパスライフが始まるってのに、ああ、もう最悪のスタートだよ。

最寄り駅で電車を降りてから、どれぐらい走っただろうか。赤信号を待っているぐらいじゃ、全然息が整わない。体中から汗が噴き出てくる。ハァハァ、だんだんと頭がもうろうとしてきた。この方角で合ってるのかな。

もう、こうなったら四つ足になって走ろうか? そっちの方が速いのは確実だけど……いや、さすがにそれはダメだ。花も恥じらう乙女が、そんな、はしたない真似をしてはだめ。いかんいかん、落ち着けワタシ。うん、まずは落ち着こう。

ゆっくり2回ほど深呼吸をし、肩に掛けているポーチからスマートフォンを取り出す。汗を掻いているせいか、ロックがなかなか解除できない。ああもう、本当にイライラする。

急いでロックを解除して、地図アプリを起動し、目的地を検索した。

【目的地:猫沢大学】

え〜と、あそこの角が銀行だから……現在地はここなので……

ニャァ〜! ワタシ、逆方向に走ってる!

その瞬間、驚いて反射的にジャンプしてしまった。もう、恥ずかしい。せっかく深呼吸したのに、また息が弾んでしまった。

今は午後2時53分。どうしよう、このままでは入学式に間に合わない。落ち着け、ワタシ、落ち着いて考えよう。……そうだ、タクシーに乗るのはどうか。車だったら10分ぐらいで着く距離のはずだ。
でもワタシ、運賃払えるかな?

不安になってポーチを覗いてみる。中には猫缶が1個と煮干しが7個。よし大丈夫、これなら足りるだろう。

タクシーを捕まえようと車道に出た。目の前を走る道路は、片側2車線で交通量も多い。ここで車に轢かれたら元も子もないけど、思い切って反対側の車道まで飛び出して、走ってるタクシーを捕まえた。

すみません! 大急ぎで猫沢大学までお願いします!

*

その3時間前、ワタシは大学近くのカフェに居た。ストレイキャッツハウスというこの店は、カフェとは言うものの、昼はランチも食べられるし、夜はお酒も飲めるらしい。ストレイキャッツハウス、つまり野良猫の家ということか。変な名前。だって、家がないから野良猫って言うんでしょう。

この店に来るのは今日で2回目だ。初めて来たのは、猫沢大学の入学試験の日。帰り道に一息ついて、コーヒーを飲みに寄った時だった。たしか、試験に受かった手応えが全然なくて、意気消沈していた気がする。

その時はまさか、もう一度この店に来るとは思ってなかった。そう考えると、入学式を迎えて、再びこの店に来ることになったのは感慨深い。うれしいというよりは、ほっとしているという気分かな。

(それにしても、時間が経つのは早いな〜 もう1年か)

ワタシは明後日が1歳の誕生日だ。生まれてからいろんな事があった気がするけど、振り返ってみると、本当にあっという間だ。

猫は、生後3週間ぐらいまで、母猫のおっぱいを飲みながら育つ。生後1〜2ヶ月ぐらいになると、動きも活発になり、いろんな事に興味を持つようになってくる。

生後6ヶ月になった猫は、小学校に通い始め、食事や排泄などのマナー、毛づくろいや爪とぎなどの生活習慣、マーキングや狩りなど、猫として最低限のスキルを学ぶ。

小学校を卒業した猫の進路は、大きく分けて3つある。

一つ目の進路は、猫本来の姿に立ち戻り、猫らしく生きる道だ。自分の好きな時に、食事や昼寝をして、遊びたい時に遊ぶ。その日その日を、自由気ままに暮らしていく。

憲法は、すべての猫に対して、生まれながらに平等であること、生存・自由そして幸福の追求を行う権利があること、健康で文化的な生活を営む権利を持っていることを保障している。そのため、猫社会は福祉制度が充実していて、働いていない猫にも、煮干しの配給や食料クーポン券などが配布される。時の政権が、景気対策という名の選挙対策で、猫缶をバラまくこともある。もちろん、それだけで贅沢な暮らしをすることはできないけれど、猫らしく生きていくにはそれだけでも充分だ。だから小学校を卒業した猫のうち、約半分の猫が、猫らしく生きる道を選ぶ。

二つ目の進路は、小学校を卒業した後、働きに出る生き方だ。働くことで生活の糧を得るとともに、労働や納税を通じて猫社会に貢献する。

三つ目の進路は、大学に進学し、専門教育を受けた後で、働きに出る生き方だ。

小学校を卒業して働きに出る生き方、大学を卒業して働きに出る生き方、どちらのほうが望ましい生き方なのかについては議論がある。これまでは、大卒の方が就職にも有利で、給料も高いというのが当然だったけど、最近は必ずしもそうとは言えない。

高い学費を払って有名大学を卒業したにも関わらず、希望する仕事に就けずに野良猫になってしまう、いわゆる高学歴ニャーゴと呼ばれる猫もいる。

小学校卒業で働きに出るのが全体の3割ぐらい、大学への進学が2割ぐらいかしら。その後は、パートナーを見つけて、子供を持って……

あれ? ところで猫って何歳ぐらいまで働くんだろう。そして、何歳ぐらいまで生きるのだろう……

まあ、いいや、あとでネコペディアで調べてみよう。