1.2 猫沢大学ニャンコ科学部

お待たせしました。ごゆっくりお召し上がりください

さっき注文した、クラブハウスサンドイッチとコーヒーが運ばれてきた。サンドイッチは、メニューに載っていた写真よりも、だいぶボリュームがある。そして、コーヒーは案の定、熱くてすぐには飲めない。もう、最初からぬるく淹れてくれればいいのに! こっちが猫舌なことぐらい分かってるでしょ、お互い猫なんだから! って前に来た時も同じことを思ったっけ。

(それにしても、ワタシがあの猫沢大学通うことになるとはね)

サンドイッチを頬張りながらしみじみと思った。

猫沢大学は、猫の猫による猫のための総合大学だ。文明開化の礎を築いた、猫沢にゃ吉先生が、古いしきたりにとらわれない、真に役に立つ学問の体得を目指して、大学を設立された。猫沢先生は天は猫の上に猫を作らず、猫の下に猫を作らずという言葉でも有名だ。そういった数々の功績から、現在も猫缶のパッケージに肖像画が採用されている。

スマートフォンの時計に目をやると、時刻は12時35分。さすがにお腹がいっぱいになってきたな。付け合わせのポテトは残そうかしら。そろそろコーヒーは飲める熱さになってきたかな。入学式までは、まだまだ時間があるけど、だんだんお店が混んできて騒がしくなってきたから、そろそろお店を出ようかしら。たしか、キャンパスの隣に公園があったはずだから、そこへ行こうか。

コーヒーとスマートフォンを持って席を立ち、お会計を済ませて店を出た。地図アプリで公園の位置を確かめながら歩き出す。

ワタシの使っているスマートフォンはミャオフォンだ。

ミャオフォンは携帯電話を再定義した革新的なイノベーションであると言われている。ミャオフォンが初めて発表された時、世界中の猫たちが、ミャオフォンの登場に歓喜したらしい。それまでの携帯電話は、猫の指で操作するのが本当に大変だった。しかし、ミャオフォンは携帯電話に付いているボタンを全て取り払い、肉球で画面をスワイプする方法を編み出したのだ。発表会場に居合わせた猫たちは、興奮のあまりに、あちらこちらで爪をガリガリ研いだので、会場の壁がボロボロになってしまったそうだ。

ミャオフォンは、その登場以降、瞬く間に世界中に広がった。街を見渡せば、猫も杓子も小さな画面を覗き込んでいる。ミャオフォンを操作しながら歩く、ニャがら歩きも増えてきており、目の前を横切るネズミを見逃してしまうという事件も、全国で多発している。ニャがら歩きは社会問題化しつつある。

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お店を出て5分ほど歩くと、公園に着いた。ここは大学のキャンパスに併設されている公園で、中心部に猫沢大学のグラウンドがある。陸上のトラックを囲む形で、その周囲にフィールドがあり、さらにその周囲を遊歩道が囲んでいる。基本的には、猫沢大学の学生が体育の授業やクラブ活動で使うのだが、一般の猫も出入りは自由で、近くの民家に住む近所の猫は、通り抜けに遊歩道を使っている。

グラウンドを見下ろしながら、しばらく遊歩道を歩いた。今日は本当に澄み切った青空で、日なたにいるとポカポカと暖かくて気持ちがいい。おそらく猫沢大生だとは思うが、フィールドでラグビーの練習をしている猫たちが見える。空いているベンチに腰掛けた。少し離れたところには、ベレー帽を被ったおじいさん猫が、鳩にエサをあげている。鳩は猫に懐かないのが普通だが、ここの鳩に警戒心は全然感じられない。エサをくれるおじいさん猫のところに、どんどん鳩が集まってくる。猫は鳩を襲う事もあるのに、まったく呑気なもんだ。おじいさん猫の周りには、小さな仔猫が2匹いて、お互いにマーサージをしたり、甘噛みをし合ったり、鳩を追いかけたりしながら遊んでいる。

ワタシがこれから入学するニャンコ科学部は、この春から猫沢大学に新設される学部だ。ワタシは記念すべき第1期生となる。なぜ新設される学部を選んだのか、それにはいくつか理由がある。

まず第1に、学費が安かったこと。一般的に大学の学費は、猫缶400個ぐらいが相場だ。猫缶400個と言えば、だいたい公務員の年収ぐらい。親猫の援助がない猫は、大学卒業後に働いて猫缶を返済することになる。だからワタシのような猫には、学費が安いニャンコ科学部は大いに魅力的だった。

第2の理由は、先輩がいないこと。正直言って、ワタシは偉そうな態度の猫が嫌いなのだ。初対面でぞんざいな話し方をされたりすると、相手が誰であれ、体が拒絶反応を起こしてしまう。どうしても猫として尊敬できず、何を聞いていても内容が頭に入って来なくなってしまうのだ。ニャンコ科学部は新設の学部なので、めんどうくさい先輩やOBがいないだろうと考えたのだった。

そして第3の理由は……うまく表現できないのだが、入学案内のパンフレットが妙に気になったのだった。建物の屋上に一匹の猫が座っていて、眼下に広がる街並みをぼんやりと眺めている写真。そこには、こんな一文が添えられていた。

猫は何のために生きるのでしょうか

そのパンフレットを見て、ワタシは虚を突かれた思いがした。なんだか切ない気分になった。普通の猫は、何のために生きるかなんて、そんなことは考えもしない。物心ついた時には既に生きていて、学校に通い、働いて、そして死んでいく。もし、自分の生き方に疑問を感じたとしても、すぐにそんなこと考えるだけ無駄だと思って、そこで考えることを止めてしまう。

実を言うと、以前にも同じような疑問を持ったことがあった。どうやらワタシは、内省的な性格を持っているようで、そういった答えのない問いを考え込むところがあった。そんな問いかけに自分の答えをはっきり持っているわけではないけど、だからと言って、このままウヤムヤにはしたくはなかった。だから、ニャンコ科学部のパンフレットを見た時に、ここに通えば、何かしらヒントが得られるかも、と感じたのかもしれない。