1.4 ニャン生の残り時間

オリエンテーションが行われる教室に着くと、既に2匹の猫が椅子に座っていた。

「ワタシ、ネコ美です。よろしくお願いします」と声をかけながら、2匹の近くに座った。

「僕はヨシムネです。こちらこそよろしくお願いします」

ヨシムネと名乗った猫は、痩せ型で黒ぶちのメガネをかけていた。頭から背中にかけて黒地で、額から八の字で白地が入っている柄だ。メガネの雰囲気とマッチしている。勝手な想像をすると、数学が得意そうで、コンピュータに詳しそうで、ゲームが好きそう。ただ、話した感じはしっかりしているので、オタクというよりは、優等生タイプなのかもしれない。

「ボクはチャビーだよ〜。よろしくね〜」

打って変わって、こちらは愛嬌がある感じのぽっちゃり白猫さん。間延びするような口調でゆっくり話す。同じように勝手な想像をすると、一年中チョコバーを食べていそう。

「あ、ネコ美さんも、ミャオフォン使ってるの? 僕もだよ」

「ボクもだよ〜」

「携帯電話会社はどこ使ってるの?」

「ワタシは、ニャーティー&ティーよ」

「僕はCーモバイルだよ」

「ボクも、ボクも」

そんな当たりさわりのない会話をしていると、入り口から黒い猫の顔が覗いた。教室の中をジロリと見渡すと、猫背で足を引きずりながら、ゆっくりと教室に入ってくる。柄は黒地に茶色のぶち模様で、遠慮なく言ってしまえば、野良猫のような風貌だった。その猫は教卓に着くと、その険しい表情を一変させ、ニッコリ笑って口を開いた。

「ようこそ、ニャンコ科学部へ。いや〜大変だったぞ、ここにこぎつけるまで。学長を説得して、OBに寄付を募って、役所に申請して… 本当に、感無量だわい。
わしは渋猫じゃ。ニャンコ科学部の学部長だぞ。まあ学部長と言っても、教授はわし一匹だし、授業も、試験も、部屋の片付けも、わしが全部やらねばならん。なにせ予算が少ないからな、ガッハッハ! お前さんが……ヨシムネだな。それで、お前さんとお前さんが……チャビーとネコ美。当たったわい、まあ3匹しかおらんからな、そりゃ当たるか、ガッハッハ! お前さんがた3匹は、記念すべきニャンコ科学部の第1期生だ。よろしく頼むな」

あっけに取られているワタシ達には構わず、教授は矢継ぎ早に話し続ける。どうやら、第1期生は我々3匹だけのようだ。

「まぁ小さな所帯だから仲良くやろうや。わしも教授とか呼ばれてもやりづらいから、渋さんとでも呼んでくれると助かるわ。それにしても事務員たちも冷たいのう、準備も何もしとらんじゃないか」

ブツブツ言いながら、渋さんはプロジェクターの電源を入れ、持ってきたノートパソコンをつなぎ始めた。

「プロジェクターが温まるまで時間がかかるから、わしの自己紹介でもしとこうか。わしは……今でこそ大学の教授なぞをやっておるが、学歴は小学校卒業までじゃ。お前さんがたと違って、小学校を卒業してからすぐに働きに出てな。最初は、大企業の社長のカバン持ちをやっておったんだが、仕事を始めてすぐに、その会社は倒産してしまった。職を失ったわしが次に見つけたのは、船乗りの仕事だった。航海士の見習いとして巨大タンカーで世界中を旅することになったんじゃな。船乗りは稼ぎが良かったから、猫缶も貯まったので、今度は起業して自分でビジネスを始めた。レストランもやったし、クリーニング屋もやったし、不動産取引もやった。始めては失敗し、再チャレンジして失敗し……あまりに失敗が多いので、仲間内では『100万回死んだねこ』だなんて言われてもんじゃ、ガッハッハ!
その後も、外国を放浪したり……野良猫をやっていた時代もある。まあ、わし一匹で生きてたから、そんな破天荒な暮らしぶりでもよかったんじゃろうがな」

そこで一息おいてから、渋さんは目を細めて続けた。

「しかしだな、マリーさんと出会ってから、わしは変わった。マリーさんは、ピンクのリボンが似合うきれいな白猫で、こんな風貌のわしとは不釣り合いだったんだが、なぜかわしと仲良くしてくれてのう。やがて……仔猫がたくさん生まれてな。その時は、本当にうれしくてうれしくてな。立派な猫に育つように、わしは一生懸命、生きるために必要なことを仔猫たちに教えてやった。わしがこれまで失敗から学んだことを、仔猫たちには、失敗する前に教えておいてやりたいと思ったんじゃ。それがきっかけで、後にわしは、小学校の教師にまでなった。その後、仔猫たちはとっくに独立し、マリーさんもだいぶ前に他界したんだが、わしはいまだに教育に関わっておる、まあそういう流れじゃな」

ようやくプロジェクターにパソコンの画面が映し出された。

「ところでお前さんがた、猫の平均寿命はどれぐらいか知っとるか?」

それを聞いてドキッとした。そういえば、ネコペディアで調べてなかった。

「調べればすぐ分かるが、猫の平均寿命はだいたい15歳じゃよ。お前さんがたは、だいたい1歳だから、平均的にはあと14年で死ぬ。14年というのは日数でいうとだいたい5000日じゃ。フォッフォッフォ、どうだ、焦るだろ。普段は意識していないから、ぼーっとしてるかもしれんけどな」

まくし立てるように、渋さんは続ける。

「例えば、こんな想像をしてみてみるがいい。すべての猫は、自分用の貯金箱を持っている。貯金箱の正面には丸いボタンがついていて、ボタンを押すとメダルが1枚出てくる。猫は、朝起きるたびに貯金箱のボタンを押し、その日を生きるための参加費としてメダルを支払う。ボタンを押した時に、メダルが出てこなかったら、そこが寿命じゃ。平均的にはメダルは5000枚入っとるはずじゃが、実際にはあと10枚かもしれんし、7000枚あるのかもしれん。貯金箱に、メダルが何枚残っているかは誰にも分からん。わしのようにタバコを吸う猫は、1日生きるためにメダルを2枚支払っているのかもしれん。そして、ここが一番重要なポイントなんじゃがな、このメダルは、減ることはあっても、絶対に増えることはないんじゃ。だからこそ、我々はもっと、生きるということを真剣に考え、真に生きるために必要な力を、身につけていかねばならん。そうでなければ、貴重なメダルを無駄に消費していくことになるだろう」

眉間にしわを寄せ、渋さんは低い声で語り、しばらくの間沈黙した。
10秒ほどの沈黙の後で、一転して渋さんは表情を崩し、口を開いた。
「なーんて格好つけて言っておるが、生きる力というのは、わしのオリジナルでもなんでもなくて、国の教育カリキュラムでも同じことを言っておる。ただな、……まあこれを見てくれ」

そう言いながら、渋さんはプロジェクターにスライドを映し出した。