10.1 偶然の連鎖

恐る恐る電話に耳を当てると、向こう側から聞き覚えのある声がした。

「ネコ美さん? 私、キャシーよ。いまちょっと大丈夫?」

「ええ、大丈夫ですけど……。何かありましたか?」

「ネコ美さん、突然だけど大学卒業後の就職先はもう決まった?」

「…………実はまだ……決まってません」

「そう! 良かった! あらやだ、良かっただなんて……ごめんなさいね。実はさっきまで、幼馴染の猫と会って話をしていたんだけど、これから新しい仕事を立ち上げようとしているから、いい猫がいたら紹介してくれと頼まれたのよ。私はネコ美さんを紹介したいと思ったんだけど……ネコ美さん、この話に興味ある?

「もちろんです! どんな仕事ですか?」

その幼馴染は、ミャオ・ジョーンズ社に勤めてるの。もともとは経済新聞を発行する新聞社だったけど、今や世界中に取材網を持つ大手メディア企業ね。そのミャオ・ジョーンズが、新しいWebメディア立ち上げようとしていて、猫を募集しているのよ。ねえ、電話でこんな大事な話をするのもなんだから、会ってゆっくり話さない? 実は私、昨日から実家に帰ってきていて、そこから電話をかけてるの。明日にはそちらへ帰る予定だから、ランチでも食べながら詳しく話しましょうよ」

「分かりました! では、この前パーティーやったお店でどうですか?」

「いいわね、そこで待ち合わせしましょう」

電話を切ると、ミャオフォンが汗で薄っすらと濡れていた。心が浮足立ち、じっとしているのが堪らなかったため、教室の中をぐるぐる歩いた。喉の奥が小刻みにけいれんし、ゴロゴロと音がし始めた。1つ大きく深呼吸をした後、心を落ち着かせるために、四つん這いになって大きく背中を伸ばした。

席に座り、ネコペディアでミャオ・ジョーンズ社について調べてみた。

ミャオ・ジョーンズは、経済情報を主に取り扱う出版社、通信社である。経済新聞「キャットストリート・ジャーナル」の発行元でもあり、高品質な経済情報を提供することで知られる。また、ミャオ・ジョーンズ社が算出する「ミャオ平均株価」も株価指数として幅広く活用されている。


キャットストリート・ジャーナルは、3匹の猫が手書きの経済ニュースレターを配布したことから始まったが、現在では世界を代表する経済紙の一つとされており、国際的にも大きな影響力を持つ。

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ふ~、こんなすごそうなところで、ワタシはやっていけるかしら……。いや、その前に、そもそも採用してもらえるのかしら……。でも、心配してもしょうがない。失うものはないから、ここはトライアンドエラーの気持ちでチャレンジね。…………ただ、経験もないのにやっていけるかしら……。それで働く場所は……。

その日は、次々と湧き上がってくる想いを、なだめるので精いっぱいだった。次の日が来るのが待ち遠しく、10分が1時間のように感じられた。

*

次の日、ワタシは待ち合わせ場所のレストランでキャシーを待っていた。早く家を出すぎて、1時間も前に到着してしまった。キャシーが到着した時には、すでにコーヒーを3回もお替りしていた。

席に着くや否や、キャシーはオーダーもせずに話し始めた。

「ネコ美さん、突然の連絡でびっくりしたわよね。昨日は単刀直入に要件だけだったけど、今日はゆっくり背景から説明するわね」

「ありがとうございます! 昨日からそわそわしっぱなしです」

「電話でも話したけど、幼馴染はミャオ・ジョーンズ社で働いているの。ミャオ・ジョーンズは世界的なメディア企業なんだけど、これまで紙媒体が強かったせいもあって、デジタル化の波に乗り遅れたところがあるそうよ。それを巻き返すために、これから新しいWebメディアを立ち上ようとしているんだって。これまで築き上げてきたミャオ・ジョーンズの信頼感を武器に、高品質な記事を売りにするそうよ。各界の著名な猫へのロングインタビューと、深堀をした分析記事をメインのコンテンツにしていくんだって。その話を聞いていてね、私のヒゲがピンと来たのよ。ネコ美さんなら、インタビューや編集で貢献できるに違いないって。そう思って、彼にネコ美さんが作ったキャッツアイのニュースレターを見せたの。そうしたら、是非会いたいという話になったもんだから、慌ててネコ美さんに電話をしたってわけよ」

「そうだったんですね。でもワタシ、インターンで働いた経験しかないんですけど、大丈夫でしょうか」

「もちろん最初はアシスタントからだけど、ある程度の経験を積めば、すぐに一線で活躍できるようになるわよ! キャッツアイに比べると、ミャオ・ジョーンズは保守的な社風だと思うけど、それもネコ美さんには合ってると思うわよ」

「話を進めるには、ワタシはどうしたらいいですか?」

「彼の連絡先を教えておくわね。ただ彼は、来週いっぱい出張に行っていて、その翌週はクリスマス休暇に入ってしまうから、会うのは1月に入ってからになると言っていたわ。それまでに、履歴書と自己アピールを準備しておいてくれって」

*

ランチを楽しんだ後は、思う存分キャシーとおしゃべりに花を咲かせた。レストランを出た頃には、日が傾き始めていた。来た道を戻っただけだが、行きと帰りでは広がる風景がまるっきり変わって見えた。交差点に差し掛かり、信号が青になるのを待つ。道行く猫も心なしか、ワタシに微笑んでいてくれているような気がする。街に流れるクリスマスソング、イルミネーション、すべてがワタシを祝福してくれているように思える。歩道の信号が青になり、待っていた猫が一斉に歩き出す瞬間、ワタシはそこに立ち止まった。

もし、ニャンコ科学部に入学しなかったら、ケビンに会うこともなかった

もし、ケビンに会わなかったら、インターンをやることもなかった

もし、インターンをやらなかったら、キャッツアイで働きたいとも思わなかった

もし、ケビンがリストラされなかったら、寄せ書きを作ることもなかった

もし、寄せ書きを作らなかったら、パーティーも企画しなかった

もし、パーティーを企画しなかったら、キャシーとも再会しなかった

もし、キャシーと再会しなかったら、ミャオ・ジョーンズの話もなかった

1つ1つはワタシ自身が選択した結果だが、こうして並べてみると、とても自分だけの力とは思えない神秘的な何かを感じる。ワタシは本当に自分の意思で生きているんだろうか。それとも誰かに生かされているのか……。

偶然と偶然が重なりあい、衝突して、また次の偶然を生み出していく。では、ミャオ・ジョーンズの次は何に繋がるのだろうか…………。そんなことは分からない。自分の心と直感に従って行動していくしかない。

猫は何のために生きるのか。それは誰も教えてくれないし、悩みながら自分で決めていくしかない。どんな生き方を選ぼうと、それは自分の自由だ。ただ……夢を持ち、目標を掲げ、自分のニャン生に熱中できたとしたら、それは楽しい生き方なのかもしれない。

そんな事を考えながら、ワタシはしばらくの間、交差点を渡らずに行き交う猫の姿を見つめていた。

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