10.2 未来は今

卒業式も、入学式と同じくラグドールキャンパスの大ホールで行われた。100匹以上の猫が、ガウンを羽織り、帽子を被ってホールに集まった。ワタシは集合時間のかなり前に到着し、前から3番目の席に座ることができた。しかしながら、やっぱり周囲の鳴き声が騒がしくて、祝辞はよく聞き取れなった。

「……現代社会の抱える諸問題の解『マーォ ニャー!』……持続可能な社会の実現に向け『シャー!ギニャー!』……次世代の猫社会『ゴロゴロ〜グルグル〜』……を担っていく諸君に対する期待は『ミャオ〜!』」

祝辞が終わると卒業証書の授与が始まった。学長から1匹づつ卒業証書が手渡される。猫がたくさんいるので、ヨシムネとチャビーがどこに座っているのか分からなかったが、卒業証書授与の時に見つけることができた。

そしてワタシの番が来た。名前が呼ばれ、ステージの中央に立った。学長と固く握手をし、卒業証書ホルダーを受け取った。これまでの記憶を思い出しながら、誇らしい気持ちで壇上を立ち去った。

*

そして、待ちに待った12月31日の夜。ニャンコ科学部の猫達が、ストレイキャッツハウスに集結した。ワタシが到着すると、もうパーティーは始まっていた。チャビーはいつも通り、お皿に料理を山盛りにし、ヨシムネはアフロのかつらを被ってふざけていた。サラとタイラーは飲み物を持ちながら談笑していて、奥のソファの席には渋さんと……そこにはケビンが座っていた。

「ネコ美、遅かったじゃないかよ~! こっちこっち!」

ワタシを見ると、チャビーが大声で叫んだ。案内されて空いている席に着いた。

「じゃあ、全員揃ったところで、まずは乾杯しましょうか」

タイラーが立ち上がって音頭を取った。

「ニャンコ科学部の今後の発展を祈りまして、乾杯!」

「乾杯~!」 「乾杯!」 店の中に拍手の音が響き渡った。

「渋さん、来年の講義はどんな感じでやるんですか?」

タイラーが尋ねる。

「ん? そうじゃのう、第2期生は10匹ぐらいは取りたいが……予算次第じゃな」

渋さんは顔が真っ赤で、かなり出来上がっているようだった。

「今後も継続していくなら、少しは報酬を出してくださいよ。なあ、サラ」

タイラーはサラに同意を求めが、サラは話題を変えてワタシに話かけた。

「ネコ美さん、あれから調子はどう?」

ワタシは、キャシーから紹介されたミャオ・ジョーンズ社の仕事について話した。

「すごいじゃない! ネコ美さんなら、きっと大丈夫よ。私から推薦状を書いてもいいわよ。履歴書と自己アピールを見せてくれればアドバイスもしてあげるわ」

「ありがとうございます! まだ全然これからなんですけど、ようやく運気が開けてきた気がします」

「よし、ボク達3匹の未来に向けても乾杯しよう!」今度はチャビーが音頭を取って2回目の乾杯をした。

「ケビンさんは調子はどうですか?」

思い切ってケビンに話しかけた。すこしやつれた感じはあるが、表情はにこやかで顔色も悪くはない。

「うん、いい感じだよ」

「今日は飲まないんですか?」

「うん、しばらく禁酒してる」ケビンは恥ずかしそうに言った。

「ケビン、少し疲れてる感じだけど大丈夫?」サラが会話に加わってきた。

「ちょっと忙しくてね」

「何か新しいこと始めたの?」

「実はね……新しいデバイスを開発中なんだ」

それを聞いて全員が聞き耳を立てた。ケビンは目を輝かせながら話し始める。

「これなんだけどね……」
ケビンは、おもむろに首に着けている鈴を外し、テーブルの上に置いた。

「これはただの鈴じゃない。鈴の形をしたウェアラブルデバイスさ。GPS、心拍数、心電図、加速度センサー、体温、血圧など、あらゆるセンサーを搭載していて、リアルタイムで生体情報を記録し、データをサーバーにアップロードしている。それだけじゃないよ、ビデオカメラも内蔵していて、映像を24時間録画し続けているんだ。もし、世界中の猫がこの鈴をつけるようになったら、その応用範囲は計り知れない。医療や健康管理だけでなく、行動パターン分析、混雑の最適化、ARを使った広告などなど、さまざまなソリューションが考えられる。これは、本当に世界を変えるかもしれないよ!」

「へー面白いですね、でも電池はどのぐらい持つんですか?

「さすがだね、ヨシムネ。そこがこのデバイスのポイントだよ。結局のところ、ウェアラブルデバイスは、電池がどのぐらい持つかにかかってる。まだ実験中なんだけれど、設計上はボタン電池1つで10年間は動くはずだ」

「ボタン電池で10年間! いったいどうやったらそんなに?」

「話すと少し長くなるんだけど…………、実はネコ美に怒られた後、さすがに自分でもこれじゃダメだと思って、地域の断酒会に参加したんだ。アルコール依存症の猫が集まって、お互いに自分の体験を話し、依存症から立ち直ろうとする猫の集まりさ」

「その時に、僕とペアになった猫が、不思議な猫でね…………。みずぼらしい格好でぶつぶつと話しているから、最初は話すのが嫌だったんだけど、話しを聞いていると面白くてさ。『自分は物理学の博士で、外国の大学で研究をしていた。物理学会の一線で活躍していたが、ある時、戦争に巻き込まれ亡命してきた。量子力学の理論に反論するために、命がけで実験をしたこともある。密閉された部屋の中に、放射性物質と毒ガス発生装置を含んだ実験系を準備し、部屋の中で一定時間を過ごした。その間、自分は生きている状態と死んでいる状態の重ね合わせだった。』という感じでね。もう、何を言ってるのか、さっぱり分からなくてさ、ああこの猫は、アルコールで脳まで完全にやられちゃったんだなと思ったね。そうしたら、その博士がリュックサックからくしゃくしゃの紙を取り出して、それが単電子トランジスタの設計図だと言うんだよ。集積化のノウハウも全部自分の頭に入っている、これが実現すれば消費電力が10万分の1のチップが作れると」

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「それ、眉唾なんじゃないですか?」

「僕もそう思ったよ。でも念のため、知り合いの専門家に設計図を見てもらったら、目が飛び出るぐらい驚いていた。それで、専門家に協力してもらった試作品がこの鈴なんだ。まだ作ったばかりだから、僕も半信半疑なんだけど、今のところ2ヵ月間はボタン電池1つだけで動き続けている」

「その博士は?」

「新しく立ち上げた会社の技術顧問に就任してもらったよ。名前はシュレディンガー博士と言うんだけど……」

その時、店のあちこちから新年のカウントダウンが始まった。あわててクラッカーを用意し、その瞬間に備えた。

「5、4、3、2、1、 ハッピーニューイヤー!」

店中にクラッカーの音が鳴り響く。テレビからは花火が打ち上がる映像が流れていた。

サラがしんみりとした声で言う。

「私、この新年の瞬間が好き。みんな、今年こそは良い年にするぞと、希望を持って新年を祝うわよね。私たちは常に、過去と未来の境目に立っている。未来は今、それが一番体感できるのが、この新年の瞬間なのよ」

渋さんが、赤い顔でふらふらと立ち上がった。

「さて、そろそろ卒業証書の授与を行うかの」

そう言って店の中央に行き、声を張り上げた。

「ヨシムネ!」

ヨシムネが渋さんの前に進み出た。その様子をケビンがスマートフォンで動画に撮り始めた。

「卒業証書を授与する! 卒業おめでとう!」

ヨシムネは卒業証書を受け取るとると、アフロのかつらを宙に放り投げた。おめでとうの拍手と供に店中が笑いに包まれた。

続いてチャビーが呼ばれた。チャビーは、食べ物と飲み物を両手に抱えていたため、卒業証書が受け取れず、慌ててテーブルにお皿とグラスを置きに戻った。その様子が可笑しくて、さらに笑いを誘った。

「ネコ美!」

最後にワタシが呼ばれた。渋さんの前に出て、固い握手を交わした。渡された卒業証書を見ると、そこには、はなむけの言葉が書かれてあった。

ニャン生は一度きり
時間があっても、猫缶あっても
本気じゃなければ楽しめない

いつか終わりが来るのだから
結果よりも過程が大事

毎日メダルを払うのだから
思いっきりルーレットを廻すのじゃ

 

卒業証書をたたみ、ゆっくりと振り返った。

みんなが笑いながら私を見ていた。ケビンはスマートフォンで撮影を続けている。

その瞬間、視界がスローモーションで動き出した。おかしいな…………お酒も飲んでないのに、何でだろう…………。景色か歪み、昔の思い出が走馬灯のように蘇ってきた。…………あれ? 緑色の何かが足元に…………。

ん? ワタシ、体が浮いているのかしら。

まさか! ケビンにやられた!?

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きゅうり〜〜〜〜〜〜!!

 

 

 

 

 

 

(でも……ケビンが元気になってよかった)

 

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―  おわり  -