2.2 好きなもの、嫌いなもの

見上げた先に、フードコートにあるニャンコ(25)アイスクリームの看板が目に入った。

私の好きなもの……まずは、ニャンコアイスクリームのクッキー&クリーム。これはマスト。誰が何と言おうと外せない。よし、まずは好きなものを1つ見つけた。

でも欲を言えば、クッキー&クリームだけでなくて、25種類の全フレーバーを制覇したい。これは死ぬまでには達成したい。したいじゃなくて、必ず制覇する。よし、やりたいことも1つ見つけた。

……あれ?

でも25種類フレーバー制覇なんて、今からでもやろうと思えばできるんじゃない?

そう考えながら、ベンチを立ち上がって、アイスクリームのショーケースの前に立った。

「いらっしゃいませ、ご注文はいかがなさいますか?」

いきなり店員さんに声を掛けられてしまい、戸惑ってしまった。何にしようかゆっくり考えようと思ったのに。

「えーと、うーんと、…………クッキー&クリームを、Sサイズでお願いします」

アイスクリームを片手に、ベンチに戻って苦笑した。25種類フレーバー全制覇の夢は、最初から出鼻を挫かれてしまった。でも、まあいいか。次から本気を出そう。

アイスを食べ終わり、場所を移動することにした。どこに行こうかしら。そうだ、この間の公園に行ってみよう。心なしか足取りも軽い。課題が一歩進んだせいか、気持ちにも余裕が出てきた気がする。

15分ほど歩いたところで公園に到着した。今日は薄曇りで少し肌寒い。たまに強い風が吹き付けて、その度に砂埃が舞い上がる。遊歩道をジョギングする猫はいるが、フィールドで運動をしている猫はいなかった。

この前に座ったベンチの辺りに近づくと、あのベレー帽をかぶったおじいさん猫が、この前と同じ場所に座っていた。

今日は、仔猫はいなくて、おじいさん猫1匹だけらしい。遠くを見つめながら、何が楽しいのかニコニコしている。ちょうど目が合ったので、隣のベンチに座って挨拶をした。

「こんにちは」

「はいはい、こんにちは」

「今日はちょっと肌寒いですね」

「そうだね、昨日までは暖かかったんだけどね、今日はちょっと寒いね…………お嬢さんは、猫沢大学の学生さんかい?」

「そうです、4月から入学しました」

「そーかい、そーかい、若いってのはいいね〜」

おじいさんは、遠くを見つめながら目を細めて言った。

「おじいさんはこの近くに住んでるんですか?」

「そうさ、あそこに赤い屋根の家が見えるだろう」

おじいさんが指さした先に、赤い三角屋根の家が見える。

「ここは自分の家の庭みたいなもんだね」

おじいさんは相変わらずニコニコしている。

「失礼ですけど、おじいさんはおいくつですか?」

「ん? 年齢かい? 18歳、いや、この間19歳になったな」

19歳! 猫の平均寿命は15歳だそうだから、相当な長生きだ。

「19歳で1匹でお出掛けされて、ものすごくお元気ですね」

おじいさんは照れ笑いを浮かべている。

「それだけ長生きされて、いつが一番楽しかったですか?」

おじいさんは少し黙り込んで考え、しばらくしてからゆっくりと口を開いた。

「今かな」

その瞬間、ヒューっと強い風が吹き付け、砂埃が舞い上がった。

「毎晩ベッドに入る前に『今日も実に良い日だった、明日もきっと良い日に違いない』と思ってるよ。まだまだやりたいこともあるしな、昔を振り返る暇なんてないな。

18歳、19歳なんて、まだまだ鼻たれ小僧で、雄盛りは20歳からだと思っとるよ」

すこし冗談めかした言い方だったが、おじいさんの目は本気に見えた。

「あの、唐突ですけど、死ぬのって怖いですか?」

踏み込んだ質問をしてみた。

「…………そうだね、怖いか怖くないかって聞かれたら、やっぱり怖いかな。でもね、お嬢さんとは少し感覚が違かもしれない。子供の頃、予防接種の注射を待っている時って怖かっただろ? 待っている間は、痛いのかな~、痛いんだろうな~、と注射のことで頭がいっぱいだったもんさ。診察室から猫の泣き声が聞こえたりすると、余計に怖くなったりしたな」

「でも……、実際に注射を打つ段になると、打つ瞬間はチクッと痛いけど、終わってしまえばそれっきりだ。思っていたほど痛くもなくて、気がつけばあっという間に終わっている。…………、死ぬというのもそんな感じじゃないかと思ってるよ。自分ぐらいの年齢になると、同じ年ぐらいの猫はほとんど亡くなってる。死ぬのを免れた猫は1匹もいないし、逆に言えば、死ぬのに失敗した猫もいない。みんなが通過できるのに、自分だけが失敗するってこともないだろう。だから死ぬのは怖いけど不安ではないな」

再びヒューっと強い風が吹き付け、砂埃が巻き上がった。寒さからか、体が自然と縮こまり、全身に鳥肌が立ってきた。

「あの……猫は、何歳まで生きることができたら、天寿をまっとうしたと言えるんでしょうか」

その時、民家のほうから「おじいちゃーん」と呼ぶ声が聞こえた。

「お嬢さん、その質問はなかなか奥が深いね…………今日はもう行かねばならんから、次に会う時までに答えを考えておくよ。いつもこのベンチに座っているから、気が向いたら立ち寄るといい。いつでも話し相手になるよ」

そう言って、おじいさんは家に向かって、ゆっくりと歩いて行った。

*

library-488679_640

その3週間後、今日は1回目の講義の日。ワタシは大学図書館の学習コーナーにいた。あれから課題を少しづつ進めて、昨晩ようやく全部終えることができた。講義の前に課題を机の上に広げて、読み返している。

第1回講義「自己理解力」事前課題

名前:ネコ美

【課題1】死ぬまでの1年間でどのような自分になっていたいか箇条書きにしなさい

  • 精神的、経済的に自立した猫でありたい
  • 仕事、家族、地域活動などのバランスが取れている
  • いつでも機嫌がいい

【課題2】死ぬまでにやりたいことを書き出しなさい

  • 25アイスクリームのフレーバーをぜんぶ制覇する
  • 南の島のリゾートで、猫らしくゆっくり過ごす
  • こまめに毛づくろいしている
  • 猫前で流暢に話すことができるようになる

【課題3】今の自分について自己評価しなさい

  • 引っ込み思案なところがあって、思い切った行動が足りていない
  • 話すのが苦手で、突然話を振られたときに戸惑うことが多い
  • アイスはクッキー&クリームばかり食べている

【課題4】自分の好き/嫌いを書き出しなさい

〈好き〉

  • 25アイスクリームのクッキー&クリーム
  • 座面の広いソファ
  • 落ち着いた場所であれこれ考える
  • 知らない猫と知り合いになる
  • 映画を見る、本を読む

〈嫌い〉

  • すぐ感情的になる猫、態度が偉そうな猫、不機嫌な猫
  • タバコの煙
  • 海、川、湖
  • 納得しないまま自分をごまかすこと
  • 睡眠不足

こうして読み返してみると、なぜそうなのか、自分自身で説明できるものもあるし、感覚的にそう思うだけで、うまく説明できないものある。

例えば「精神的、経済的に自立した猫でありたい」という願望については心当たりがある。ワタシはかなり早い段階から、一匹で暮らし始めた。

お父さんはワタシが物心ついた時からいなかったし、お母さんもある日、家を出て行ったまま帰ってこなくなった。お母さんは優しくて、どちらかと言うと教育熱心だったと思うので、ワタシを独り立ちさせるための教育方針だったのかもしれない。

だから、自分がしっかりしないといけない、自分で強く生きていかなければいけない、という気持ちは強いほうだと思う。

嫌いなもの「海、川、湖」について。

これは、小さいころお母さんに聞いた話が原因だと思う。なんでも、ワタシのご先祖様は、お酒を飲みすぎてふらふらになり、貯めていた水がめに落ちて、そのまま溺れて死んでしまったんだそうだ。

それを聞いてからというもの、水が溜まっているところを見ると、なんとなく怖いと感じるようになってしまった。

「猫前で流暢に話すことができるようになりたい」という願望も根強くある。

知らない猫とお話しをするのは案外好きなんだけど、ワタシの話し方がうまくないせいで、場が盛り下がってしまうことがある。だから、流暢に話せるようになって、もっと会話がもっと盛り上がるようにしたい。

「態度が偉そうな猫」がどうしても耐えられないのは、なぜだがよく分からない。割り切ればいいんだろうけど、どうしても気になってしまう。もしや、前世で上司にパワーハラスメントを受けてたのかしら? なーんてね。