2.4 なりたい自分と今の自分

教室に残されたワタシ達は、10分ほど休憩を入れることにした。休憩の間にそれぞれ自分の自己分析シートをコピーして配った。

「渋さんの講義を聞いてどう思った? チャビーは何が印象に残った?」

「そうだね〜、ボクはネズミ取りの竹内さんの話が印象に残ったな〜。前から思ってたんだけど、親の影響って大きいよね〜。小さいころから育てられて、一番近くで一緒に暮らしていると、知らず知らずのうちに親から大きな影響を受けている気がするよ〜。ボクは、カメラが好きで写真を撮るのが趣味なんだけど、もともとはお父さんがカメラ好きなんだよね〜。竹内さんの話を聞いていて、カメラが好きなのは、本当に自分の価値観なのか不安になってきたよ〜。ヨシムネはどうだった?」

「僕は、ジャングルの猫の話が印象に残ったかな。僕は…………正直に言うと、あんまり他の猫の意見を聞かないほうだと思うんだ。なんか言われると、つい反論したくなっちゃうんだよね。でも、渋さんの話を聞いて『自分の中から見える自分の姿と、外から見える自分の姿は、違っていて当然』ということに気付いてハッとしたな」

「ネコ美は?」

「ワタシは…………」

渋さんの話は、どれも初めて聞く話ばかりで、ぜんぶ印象に残っていた。でも、ワタシはあえて、公園で出会ったおじいさん猫の話をした。あれ以来、なぜだか気になっていて、誰かに話したいと思っていたのだった。

「そのおじいさんにね、『死ぬのは怖くないか?』って聞いたのよ……そしたら」

ヨシムネもチャビーも、ワタシの話を神妙な顔で聞いていた。平均寿命を越えた猫が、どのような心持ちで生きているのか、聞くのは興味深いようだった。

一通り、講義の感想を言い合った後で、ヨシムネが切り出した。

「さてさて、それじゃあ自己分析シートの共有を始めようか。まずは、僕から話すね。僕はヨシムネです。アパートで一匹で暮らしてるけど、両親は近所に住んでます。小さいころから自分のコンピューターを与えられて、プログラムを組んで遊んでいたので、ちょっとしたコードならササッと書ける。まあ、ハッカーかな。ハッカーって、悪いことをするような言葉のイメージがあるけど、不正アクセスしたり情報盗んだりするのはクラッカーと言って、ハッカーはいい意味なんだよ。コンピュータ技術に精通していて、創造的なプログラムを書けるのがハッカーさ。僕の好きなことは、チェス、ドローン、時計、そしてエナジードリンク。嫌いなのは、科学的でないこと、特に占いとか疑似科学とかは最悪だね」

占いと聞いてドキっとした。いや、あれは気まぐれにやっただけで、そんな本気にはしてない。

「どんな自分になっていたいか。漠然としてるけど、自分の能力を100%発揮したいという気持ちが強いかな。あんまり外では言わないけど、普通の猫よりは優秀な頭脳を持ってると思っているので、猫に小判になってしまわないように、社会のために役立てたい。職業としては、世界的なハッカーになりたいのかな、やっぱり。今の自分の自己評価としては、自信はあるんだけど、自分の能力がどこまで世界通じるのか不安はあるかな。そんな感じです。何かコメントある?」

先にチャビーが質問した。

「死ぬまでにやっておきたいことには何があるの?」

「南の島に、TMTという世界最大の宇宙望遠鏡があるんだけどね、それで宇宙を覗いてみたいなと思ってる」

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ワタシも質問した。

「ハッキングコンテストみたいなのには出たことある?」

「実は、まだ出場したことはないんだ。出たいとは思ってるんだけどね……」

それまで勢いよく話していたのに、ヨシムネはそこだけ少し言葉を濁した。

ワタシは続けて質問してみた。

「ドローンって何?」

「ドローンはね、簡単に言うとラジコンのヘリコプターみたいなもんかな。コンピュータ制御で自律飛行するんだ。最近では、配達にも使われるよう実験されてるよ。カメラつけて飛ばすとね、まるで自分が飛んでるみたいで、すごい面白いんだよ!」

ヨシムネが楽しそうだったので、もっと質問をしてみた。

「じゃあさ、コンピュータと、ドローンと、宇宙望遠鏡と、どれが一番好き?」

途端にヨシムネは、うーんと言って黙り込んでしまった。

「…………難しいな、それぞれジャンルが違うから比較できないよ」

と尻つぼみの調子でそう言った。

何か、まずいことでも言ったかしらと思ったら、チャビーも妙な雰囲気を察したようだ。とっさに話題を変えてくれた。

「じゃあ、次はボクの事前課題について話すね〜。ボクはチャビーだよ。『食べるために生きてる、寝るために起きてる』というのが座右の銘で、とにかく食べることと寝ることが大好きなんだ〜。家族と一緒にマンションに住んでるの。実はうち、先祖代々の地主なんだ。だからそのマンションも、1棟丸ごとうちが所有しているマンションだし、その周辺一帯もほとんどうちが持っている土地なんだよ〜。もう何代も前からうちの一族は、ご先祖様から引き継いだ土地を貸して、その地代で暮らしているんだ」

えーすごい! 地主なのか。

「ボクの好きなことは、食べること、寝ること、ビンゴ大会、カメラ、プラモデルだよ。そんなに変わったものはないでしょ? 嫌いなのは、高いところ。スカイダイビングとかバンジージャンプなんて、テレビで見ているだけで震えてくるよ〜。他には、地震とかハリケーンとかの天災。

どんな自分になりたいかについてだけど、大きな野望とかは持ってないね。波乱万丈な生き方よりは、普通、平凡だとしても、安定した暮らしの方がいいな〜。家族と一緒に過ごしたり、地域の活動に参加したりすることも大切だよ。職業としては…………地主の子供である以上、ボクには選択権がないと思ってる。先祖代々の土地を守っていかなければならないから、その不動産の管理を引き継ぐことになるね。これはもうしょうがない、地主の子供に生まれた宿命なんだと割り切ってるつもりだよ〜。

ただ、最近、自分の存在意義に疑問を感じてるんだ…………ボクなんて、何もしてないのに、地主の子供に生まれたってだけで、働かなくても暮らしていくことができるんだ。でも、その土地も、先祖のものであり、親のものであり、自分のものではないんだ。将来、相続をして自分の名義になったからって、先祖代々の土地を売り払って、新しいことビジネスを始める勇気もないし。ヨシムネみたいに、自分で自分の運命を切り開こうとしているような猫を見ると、劣等感を感じて、自分の価値ってなんだろうと悩んじゃうんだ」

なんて言葉をかければいいか分からずに、ワタシもヨシムネも黙り込んでしまった。教室に束の間の沈黙が流れた。

「ごめんね、暗くなっちゃったね……。気を取り直して、死ぬまでにやりたいことについて話すね〜。まずはあれだね、食べ歩き。ほら、世界的に有名なグルメガイドブックがあるだろ、あの赤いやつ。あのガイドブックを、世界中を旅行しながら食べ歩くんだよ〜。考えただけでも最高さ。あとは……言うのちょっと恥ずかしいんだけど……もう少し痩せたいな〜。でも食べるのを我慢するのは嫌だから、やっぱり運動して健康的に痩せるのがいいかな。他には、超大作のプラモデルを完成させたりとか、サーキットでカーレースの写真撮影をしたいとか、そんなところです。なんか質問とか感想あればよろしく〜」

食べものの好き嫌いはないの? 僕は辛いものとか苦手なんだけど」

「ない! 食べ物の好き嫌いはない! これは僕の持論なんだけどね〜、すべての食べ物は美味しいはずなんだよ〜。われわれの先祖は、野生の時代から、片っ端から食べられるかどうか、試してきたと思うんだ。それこそ、そこら辺に生えてる雑草とかさ、虫とかさ、いろいろ試してきたはずさ。もしかすると、それが原因で命を落としてしまった猫もいるのかもしれない。そういう試行錯誤を、何世代にも渡って繰り返してきて、その厳しい関門を潜り抜けられたものだけが、食べ物として食卓に残っていると思うんだよ〜。まずくて食べられないものは、そもそも食べ物として成立しなかったはずさ。だから、少し特徴的な味がする食べ物だったとしても、食べ続けていると、必ずどこかに美味しさを見出すことができるんだよ〜」

チャビーの言葉に熱がこもってきた。面白いので続けて質問してみる。

「さっき、世界中を旅しながら食べ歩きするって言ってたけど、都心に行くと世界各国のレストランが揃ってるよね。旅行しないでも世界中のグルメが楽しめるんじゃないかしら」

チャビーはさらに調子に乗り、グルメ評論家のような雰囲気で答えた。

「分かってないねキミは~、実に分かってない。いいかい、料理というのは単独で存在するもんじゃないんだよ。その土地の風土と大いに関係あるのさ。その土地の歴史、気候、水、地場の食材、調味料、スパイス、酵母……そして料理する猫。そういったものがすべて重なり合って食文化を醸成しているんだ。だから、その土地の料理を楽しもうと思ったら、その土地へ行くのが一番なんだ。料理というのは、お腹を満たすための単なる食事じゃない。それは歴史であり、文化であり、芸術であり、猫の英知を集約させたハーモニーなんだよ〜!」

3匹は顔を見合わせて笑った。さっきまで泣きそうな顔していたチャビーは、すっかり機嫌を取り戻している。

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一息ついてから、ワタシの番になった。

配布したコピーに沿って、自分の好き嫌い、なりたい姿、自己評価について淡々と話し、その後でヨシムネとチャビーから一言づつコメントをもらった。

意外にも2匹ともネコ美に、話すのが下手という印象はないというフィードバックを受けた。話すときに、どぎまぎしていることはあるが、質問の内容・角度が面白くて、話していて面白いとのことだった。

なるほどね、そういうことは考えたことがなかった。会話というのは自分が流暢に話せれば、それで盛り上がるということではない。自分がうまく話せなかったとしても、いいタイミングで相槌を入れたり、質問したりできれば、それで会話が弾むってことね。

2匹のフィードバックを受けて、自分の事前課題を少しだけ書き加えた。

【課題1】死ぬまでの1年間でどのような自分になっていたいか箇条書きにしなさい

(追記)他の猫の話が上手に聞けて、いつも会話が弾む

【課題3】今の自分について自己評価しなさい

(追記)質問の内容・角度が面白くて、会話が盛り上がる。

 

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一通り会話も尽きたところで、講義後のディスカッションはおしまいにして、ワタシ達3匹は解散した。キャンパスを出ると、外はすっかり日が落ちており、空は一面きれいな夕焼けに染まっていた。

(もしかすると、ベレー帽のおじいさんがいるかもしれない)

そう思って、帰りの道すがら、ちょっとだけ公園に寄ってみることにした。もし、おじいさんがいたら、今日、講義で教わった話や、私が事前課題で考えたことなどを話してみたいと考えていた。

太陽にまっすぐ向かいながら、いつものベンチに歩いて近づいていった。西日がまぶしくて、歩いている時はよく見えなかったが、ベンチに近づくに連れて、誰も座っていないのが見えてきた。

そこで立ち止まってから振り返り、赤い三角屋根の家の方角へ目をやったが、燃えるような夕陽があたり一帯をオレンジ色に染めていて、どこが赤い屋根の家なのか、見分けがつかないぐらいだった。