その日は澄み切った天気で、図書館の窓から外を見渡すと、新緑の若葉が映える清々しい風景が広がっていた。いい天気だな~、お散歩に行きたいな~と思ったが、そういうわけにもいかない。
昨晩の夜9時ごろ、渋さんから事前課題メールが送られてきたのだが、その内容を見るなり仰け反ってしまった。
主題 :第2回講義「強運力」事前課題
5月29日に開催される、国内最大の競馬レース
「G1 チャンピオンカップ・クラシック」で、1着および2着となる馬を予想しなさい。
まったく……いくらなんでも、事前課題が競馬の予想だなんて呆れる……
競馬のことなどまったくわからないから、慌ててヨシムネとチャビーにメッセージを送った。
「ねえ、課題のメール見た? 競馬の予想なんてひどくない? 笑」
「見た見た。いーじゃん、楽勝じゃん。適当に予想すればいいんじゃない?」
「ワタシ、競馬のことなんて全然分からないから、途方にくれてるよ……」
「僕も本物の競馬はやったことないけど、競馬シミュレーションゲームであればハマったことがあるから、知識はあるよ」
「じゃあさ、明日、みんなで集まって、1日でエイヤっと予想しちゃおうよ!」
「いいアイデア! 助かるよ~」
「じゃあ、大学図書館のディスカッションルームを借りて、そこに集合しようよ」
そういう流れで、今日は、ワタシ、ヨシムネ、チャビーの3匹が図書館に集合し、真剣に競馬の予想に取り組んでいる。
まずは情報収集から。なになに……
チャンピオンカップ・クラシックは、芝中距離2400メートルの競走であり、その年の最強馬決定戦として位置付けられている。G1の優勝馬・出走馬を含めて多くの有力馬によって競走が行われる。今年は18頭が出走する予定であり、中でも注目されているのは、これまでに数多くのG1レースを制覇してきたワンダフルライフである
はあ、競馬の予想なんてやったこともないし、一体どうしたらいいんだろう。戸惑いながら、競馬ポータルサイトの競馬予想コーナーを眺めてみる。
注目馬ミリオンダラーベイビー
前走ワイルドキャット杯1着 血統的には完璧。前走ではハイペースで先行したが、中盤以降もその勢いは衰えず、最後の直線でさらに伸びるという奇跡のスタミナを見せつけた。今回のチャンピンオンカップ・クラシックでも本命の1頭であることは間違いない。唯一の懸念は気性の荒さ
こんなコメントが18頭分も並んでいる。一向に考えがまとまらない。さっきからヨシムネは、テーブルの片隅でひたすらパソコンをカタカタ叩いているし、チャビーはグルメ雑誌を見ながらニヤニヤしている。
「ねえねえ、競馬の予想はどうするの?」
「ん? ボクは予想したよ〜」
チャビーはグルメ雑誌から目を離さずに答えた。
「えー! もう予想したの? じゃあ教えてよ」
「1着は8番のベターザンイクスペクテッドで、2着は15番のナッシングスペシャルこれで決まりだね」
「どうやって予想したの?」
「適当だよ〜。うちのマンション、部屋番号が815なんだ。だから8番と15番にした。それに、競馬ポータルサイトをちらっとみたら、その2頭とも『飼い葉モリモリ』って書いてあったし。最後はよく食べる者が勝つ、これは生物界に一貫して通じる真理さ」
ヨシムネは引き続きパソコンをカタカタやっている。
「ヨシムネは予想しないの?」
「ん? 予想? あと、もう少しで終わるよ。いま予想プログラム書いているところ」
「え? 予想プログラム?」
「よし、できた、完成だ! レディース&ジェントルキャッツ! お待たせしました! 紹介しよう、こちらが競馬予想プログラム 当たる君です」
ヨシムネがノートパソコンの画面を自慢げに見せてきた。
「レースの距離、芝の種類、当日の天気、出走馬の戦績、脚質、騎手の性格など、インターネットからありったけの情報をダウンロードしてきて、レース展開と着順の予想を行うプログラムを組んだ。プログラムしただけでなく、過去10年間のすべての国内レースの結果を使って機械学習までやったよ。結果の分かっている過去のレースを、当たる君で予想してみて、予想と結果を照合することで、各要素の重みづけを最適化するんだ」
「…………すごい。それで結果は?」
「よし、じゃあ今回のチャンピオンカップ・クラシックを予想してみよう。いくよ、スタート! 最初は1番ミリオンダラーベイビーが先頭に飛び出て、レース全体を引っ張っていく、そして…………第3コーナーを過ぎたあたりから、来ました本命の7番ワンダフルライフが追い上げてくる。そして、最後の直線で驚異の末脚が爆発! 1着ワンダフルライフ 2着ミリオンダラーベイビー その差は1馬身差!ということで僕の予想は7番―1番だね」
凄すぎる。とても真似できない。でも、ワタシはどうしたらいいんだろうか。ヨシムネのような真似はできないから、チャビーのように直感で予想するしかないのか。
考えていてもまとまらないから、とりあえず競馬ポータルサイトで、出走馬18頭の写真を順に見ていくことにした。もういいや、見た目で決めよう。顔が可愛くて、しなやかな馬体の出走馬を選ぼう。
そうして選んだのは3番ビューティフルアフェアーと9番エメラルドグリーン。でもこれ、予想の根拠とか聞かれたらどうしようかしら。
チャビーもヨシムネも、なんだかワタシの予想待ちのような雰囲気を醸し出している。もういいや、待たせるのも悪いから粘るのはあきらめよう、そう思って2匹に告げた。
「いちおう予想しました」
「そう、よかった、よかった。じゃあ解散しようか。いやー今日はいいプログラムが書けた。じゃあね~」
ヨシムネは当たる君の出来栄えにご満悦のようだった。
「ボクも、今日は来てよかった。ボクはこの雑誌を借りて帰るね〜、バイバイ」
そう言ってチャビーは貸出カウンターの方へ去って行った。ヨシムネとチャビーは、満足気に帰っていったが、ワタシの気分は晴れないままで、何だか取り残された気分だった。