3.3 トライアンドエラー

ケビンは上気した顔で興奮気味に話し続けた。

幸運を引き寄せるためのアプローチは大きく分けて2つある。1つはトライアンドエラー、もう1つはリスクテイキングだよ。順を追って説明していくからね」

そう言って、ケビンはホワイトボードにトライアンドエラーと書き出した。

これはね、リスクが低くて、自分次第で何回もチャレンジが可能なことに向いてるアプローチだ。僕たちのようなベンチャー企業にとっては、社訓にしたいぐらい重要な考え方さ。例えばね、新しいビジネスモデルに挑戦しようとすると、そもそも論理的に考えるためのデータも根拠もないでしょ? だから、成功するかどうかなんて論理的に考えても分からなくて、実際にやってみるしかないのさ

ケビンはそう話しながら、ホワイトボードに追記した。

偶然の連鎖が幸運を呼ぶ

僕はね、今の仕事を天職だと思っている。本当に世界を変えようと思っていて、全身全霊で取り組んでいるんだ。ただこの仕事も元はと言えば、知り合いの知り合いに紹介してもらったのがきっかけでね……その知り合いとは、あるパーティーで少し知り合った程度で、今は疎遠になってるんだけど…………もし、彼と知り合わなかったら、今の仕事をしていないと思うと、なんだか背筋が寒くなることがあるよ。今の自分を支えている本当に重要な部分が、ちょっとした偶然の産物だと思うとね。君たちも経験あるだろう? だから、幸運というのは偶然の連鎖から生まれるということを意識しておいた方がいい。何かの偶然と偶然がぶつかることによって、新しい何かが生まれる可能性がある」

さらにケビンは、ホワイトボードに書き加えた。

次に何が起こるかは分からない

現在の科学で分かってることは、世界の本当に僅かなことだけだ。大部分のことは、よく分かっていない。例えばさ、コーヒーを飲むときにクリームを垂らしたとする。そのクリームがどう混ざっていくのか、現在の科学では予測できない。そんな単純なことだって分からないんだ。なぜかと言うと、コーヒーの分子数、ミルクの分子数、温度やその他の条件などが膨大で、実験するたびに混ざり方が違ってしまうんだ。今度、コーヒーを飲むときにやってみたらいいよ。最先端のコンピューターを駆使してシミュレーションしても、現実の複雑さには敵わない。クリームの混ざり方だって予測できないのだから、猫が絡むようなことなんて、もっと予測できない。もちろん競馬だって予測するのは不可能に近いね。だからギャンブルとして成立するわけだけど

ケビンはニヤリと横目で渋さんの方を見た、渋さんはイヤホンをしながらスマートフォンをじっと見つめていて、こちらから見られてる事に気付かない。

「以前、有名な騎手がインタビューに答えてるのをテレビで見た事があるよ。その騎手はこう言ってたね『自分が出場しているレースで、最後の直線に入ってから馬券を買わせてもらったとしても、結果を当てる自信はない。終わってみるまで勝負がどうなるかは分からない』と。まさに、次に何が起こるかは分からないというわけさ」

ケビンの話す勢いは止まらない。後ろを向いて、さらにホワイトボードに書き加えた。

質より量が大事

「例えば、君たちは訪問販売で商品をセールスしようとしている。どうしたらたくさん売れると思うかな? ヨシムネ、どうかな?」

「応用数学に巡回セールスマン問題というのがあります。1番効率の良い経路を……」

「残念! 頭の良い猫ほど、効率の良い経路とか、優先順位付けを考えてしまうんだけど、こういう場面では、考える前にとにかく行動して、訪問回数を増やすのが1番成果が出るんだ。慎重に考える秀才が、行動派の筋肉バカに負けてしまう、典型的な例だね。訪問販売では、家の呼び鈴を押してみて、初めて気付くことがたくさんある。ここは猛犬がいるから気をつけよう、この家は昼間は不在、ここは話好きなおばあちゃんがいる、とかね。量をこなす事が大事だから、このアプローチではモチベーションを保つためのマネジメントが重要だよ。マネジメントの詳細については、後の講義で解説されるので、その時にしっかり聞いておいてね。ここまでで何か質問ある?」

「質より量というのがあんまり納得できないのですが……それだと効率悪くないですか?」

「大丈夫、質より量というスタンスで始めたとしても、やっているうちに学習効果が働いて、質も向上してくるようになるからね。失敗しても、その経験から学びを得て、素早く軌道修正すればいいんだ。トライアンドエラーを繰り返すうちに、偶然と偶然が衝突し、想像していなかった新しい展開にめぐり合うこともある、それが強運力の1つの形だ。いいかな?

ケビンはヨシムネを諭すように語りかけた。