4.1 ドロボウ猫にも三分の理

その日ワタシは、ケビンに教えてもらった住所を頼りに、キャッツアイのオフィスに向かっていた。オフィスビルは都心の一等地にある50階建ての高層ビルで、特徴的な形をしているから、近づけばすぐに分かるとケビンは言っていた。

ここ数日、気温がぐんぐん上がってきて、すっかり夏の日差しになってきた。ゆっくり歩いているだけでも汗ばんでくる。まわりを見渡しながら歩いていると、右前方にラグビーボール形のビルが見えてきた。縦に長い楕円形の高層ビルは一面格子状のガラス張りで、見るからにお洒落なデザイナーズビルという雰囲気だった。

エントランスからビルに入ると、1階のロビーは吹き抜けとなっていて、開放感のある空間が広がっていた。

「ネコ美! こっちこっち!」

ケビンは先にロビーでワタシを待っていた。

「こんにちは! こんなところにオフィスがあるんですね! びっくりしました!」

「すごいでしょ! 家賃を聞いたらもっとびっくりするよ!」

ケビンはおどけながらそう言い、一緒にエレベーターホールへ向かった。2匹だけでエレベーターに乗り込み、高速で一気に上昇すると、耳が詰まったような感覚がした。

「うちの会社は、23階フロアの一面を借りてるんだ」

エレベーターからは外の景色が見えるが、あまりの高さに足がすくんでしまった。景色を堪能する余裕なんてなくて、扉が開くと急いでフロアに降り立った。エレベーターを降りると、そこはすぐに受付となっていて、壁には猫の目を模したロゴマークが大きく描かれていた。

「ようこそ、キャッツアイへ!」

そう言いながら、ケビンが受付のIDカードを渡してくれた。

「トイレは、この通路をまっすぐ行ったところにあるよ。IDカードにはチップが組み込まれていて、どこの部屋に入室するにも必要だから、常に身につけていてね。トイレに行く時もIDカードを持っていくのを忘れずに」

受付から中に入ると…………仰天した。そこには……ホテルのような、アミューズメントパークのような、トレーニングジムのような、とても仕事をするとは思えないない、リラックスした雰囲気の空間が広がっていた。壁には大きなホワイトボードがはめ込んであって、手書きでびっしりと何かが書かれている。よく見るとビジネスプランという文字が見えるが、見た感じは、ほとんど落書きに近い。

フロア中央には、大きなソファにパステルカラーのクッションが置かれ、憩いの場のようになっている。

「うちの会社は、フリーアドレスなんだ。個々の社員は自分の机を持っていなくて、自分の好きな場所で仕事をしていい」

確かに、ところどころにテーブルや椅子が配置されていて、猫達は自由気ままに仕事をしているように見える。床にクッションを置いて、地べたで作業をしている猫もいる。

フロアの奥の方に目をやると、ビリヤードをしていたり、回転型のルームランナーでジョギングをしてたり、ヨガをやっている猫もいたりする。オフィスの隅には、肉球マッサージを受けながら寝ている猫もいる。

僕たちはね、とにかく自分達が楽しく過ごすことをモットーにしている。だってさ、自分達が楽しくなかったら、お客様に満足を届けることなんてできないだろ? それにね、ああいう一見遊んでいるような活動からも、次々と新しいアイデアが生まれてくるんだ。自由な発想で新しいものを生み出すには、こういったクリエイティブな環境が必要なんだよ

言われてみれば、働いている猫も遊んでいる猫も、顔が生き生きとしていて、この空間にいるのが本当に楽しそうだ。

僕たちは遊ぶ時は遊ぶけど、やる時は徹底的にやる。スピードというのは僕らのコアバリューの1つだよ。。この前ね、あるユーザーが『こういう機能があったらいい』とオンラインでコメントを残してくれたんだ。そのコメントを1匹のエンジニアが偶然見つけたんだけど、そのアイデアがとても素晴らしかったから、すぐに仲間のエンジニアと一緒に実装に入った。そしてその機能は、コメントからわずか2時間後にリリースされることになったんだよ。最初にコメントをくれたユーザーは、その対応スピードに感動していたよ!」

オフィスの向こう側から、灰色の毛をした猫が歩いてきた。ロシアンブルーで瞳はきれいなグリーンをしている。胸に大きめのノートを抱えながら、真っ直ぐこちらに向かってきた。

「おはようサラ、紹介するよ。こちらはネコ美、猫沢大学の学生さんだ。今日からインターンとして、うちで働いてもらう事になった」

「こんにちは、ネコ美さん。よろしくね」

「よろしくお願いします!」

サラはね、うちの会社の社員ではなくて、フリーのコンサルタントなんだけど、会社の立ち上げの時から参画してもらっていて、もう家族みたいなもんさ。ちょうどよかった、サラ、君にお願いしたいと思っていた事があるんだ、ちょっといいかな? ネコ美も一緒に来てくれる?」

そう言ってケビンは、ワタシとサラを連れて、会議室へ入って行った。

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「まあそこに座ってよ。話と言うのはね、ネコ美にお願いしたい仕事のことなんだ。君も知っての通り、僕たちの会社は急拡大中で、猫もどんどん増えてるだろう? 僕らのような古参メンバーは、お互いのことを隅から隅まで知り合ってるけど、新しいメンバーはそうじゃない。どんな猫がいるのか、どんな仕事をしているのかとか、もっと知りたいと思うんだ」

「会社としても、パーティーをやったり、イベントを企画したり、いろいろとコミュニケーションを促しているつもりだけど、まだまだ足りてない。だからね、キャッツアイの社内ニュースレターを作成して、全員に配布しようと考えてるんだ! どんなプロジェクトをやっているのかとか、キャッツアイについてどう感じているのかとか、数匹にインタビューをしてさ、2週間に1回ぐらいの頻度でニュースレターを発行するのさ。どうだい? いいアイデアだろう?」

「そうね、いいアイデアね」

そのニュースレターの作成を、ネコ美にお願いしようと思ってるんだ。そこでお願いなんだけど、サラ、ネコ美の相談相手になってやってもらえるかな? 君は採用もやってるから、社内の猫を全員知ってるだる? だから、誰にインタビューしたらいいかとか、アドバイスをしてやって欲しいんだ」

「喜んでお手伝いするわ」

「ありがとうございます。助かります!」

「でもまずは、一連の手続きを頼むよ。パソコンの割り当て、システムのユーザー登録、メールアドレス……」

「はいはい、分かりました。じゃあ、このまま、この会議室使ってていい?」

「オッケー、じゃあ後をよろしく! ネコ美、また後でね! あ、そうそう、言うの忘れてた。ネコ美、ニャンコ科学部の次の講義は、そこのサラが講師だよ

「え〜! そうなんですか?」

「あら、もう次回なの? すっかり忘れてたわ。渋さんに事前課題を知らせておかなきゃ。教えてくれてありがとう、ケビン」

お礼に応答するように、ケビンはウィンクを決めながら会議室を出て行った。