4.3 コミュニケーションの橋

「今日の講義は3回目じゃな。『コミュニケーション力』は、こちらいるサラに担当してもらう。よろしくな」

「みなさん、こんにちは。私はサラです。仕事はコンサルタントです。主に、立ち上げたばかりの若い会社で、社内の制度を作ったり、採用の支援をやっています。前回の講師をやったケビンのいるキャッツアイにも、立ち上げの時から深く関わってるわ」

サラは、ワタシの方を向きながら微笑んだ。

「今日のテーマはコミュニケーション力よ。私は仕事で、採用の支援をしていたりもするんだけど、『どんな猫を雇いたいですか?』と聞くと、必ずと言っていいほど『コミュニケーション力のある猫』という答えが返ってくるわね。どんな企業でも、採用基準にはコミュニケーション力が入っている。それぐらいコミュニケーション力は重要視されてるわ。では、なぜコミュニケーションは重要なんだと思う? チャビーくん」

「え〜と、猫1匹だと大したことは出来なくて、他の猫と協力していく必要があるから……でしょうか」

「そうね。もし、私達が野生の猫で、ジャングルの中で1匹で暮らしているのなら、コミュニケーションはそれほど必要でないかもしれないわね。でも、今の私たちは社会的動物で、文明社会で暮らしているから、他の猫と関わらずに生きていくのは不可能に近いわ。だから、生きていくためにはコミュニケーション力が重要となってくるわけ。でもね、コミュニケーション力という言葉は、気を付けて使わなければいけないと思ってる。定義が曖昧で、多くのことを包含してるでしょう? コミュニケーション力が重要と言っておけばオーケーというような安易な風潮があると感じてるわ。だからまず最初に、コミュニケーションの要素を分解して、1つ1つ説明していくわね。では、こちらのスライドを見て」

サラはそう言って、スライドを映し出した。そこには橋を渡っている猫のイラストが描かれていた。

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「これは、私が考え出した『コミュニケーションの橋と7つの柱』よ。コンピュータの世界ではね、コンピュータ同士で通信を行うために必要な手順を7つの階層構造で整理しているの。その考え方を猫のコミュニケーションに応用してみたものよ。ヨシムネくん、知ってる?」

「OSI参照モデルのことですか? 猫のコミュニケーションに適用するなんて、これは面白い」

「こんな想像をしてみてくれる? 自分と相手との間には崖があって、そこに橋をかけないことにはコミュニケーションは成立しない。7つの柱を順番に立てて橋を架けるんだけど、もし1つでも柱を立てるのに失敗してしまったら、そこでコミュニケーションは断絶してしまうのよ。他の柱がいくら立派でも、橋を架けることはできないわ。具体的に話したほうが分かりやすいから、順に説明していくわね」

落ち着いた口調でサラは続ける。

まずは、物理の柱からね。これは相手の猫と、物理的に接する要素よ。私たちは会話を始める前から、非言語の分野でコミュニケーションを始めているわ。会った時の表情、声の大きさ、トーン、仕草、ジェスチャー、服装、姿勢、態度、清潔感などから、だいたい3〜5秒で第一印象を決めてしまうと言われているの。ある心理学者の研究によれば、相手を認識する割合は『見た目/表情/しぐさ/視線等』の視覚情報が55%、『声の質/話す速さ/声の大きさ/口調等』の聴覚情報が38%、『言葉そのものの意味/話の内容等』の言語情報が7%とも言われているわ。コミュニケーションにおいて、いかに物理の柱が重要で、ここで失敗してしまうと取り返しがつかないかが分かるでしょ? ネコ美さん」

「サラさんの言っている話、すごく気持ちがわかります。ワタシの場合、初対面で偉そうな態度を取られると、相手がどんな猫であれ、そこから話の内容が頭に入ってこなくなるんです……」

「そうね、そういうことあるよね。似たようなところでは、ハロー効果というのもあるわね。第一印象で良い印象を持つと、それに引きずられて他のことも良く見えてしまうし、逆に第一印象が悪いと何をやってもダメに見えてしまうものよ。自分のことを飾ってみせる必要はないけれども、相手とのコミュニケーションをしっかりと確立するためには、物理の柱でコミュニケーションが断絶しないように意識しておく必要があるわ」

3匹とも、頷きながら話を聞いている。

2番目の柱は、言語の柱よ。狭義の意味でコミュニケーション力と言ったら言語の柱のことを指すかしら。最低限の文法に沿って話ができるか、単語や慣用句の意味を理解できているか、柔軟に会話の主導権を持ったり相手に渡したりできるか、話が途切れてしまっても会話を繋げるかなどがあるかしら。言語の柱もコミュニケーションのベースとなるところだから、ここが弱いと、残念だけどコミュニケーションは破綻してしまうわね。外国語というのも言語の柱に当たるわね。外国の猫とコミュニケーションを取ろうと思ったら、また別の言語の柱が重要になってくる。ただ、気をつけておきたいのは、言語の柱も7つある柱の1つであって、他と比べて、そこだけが立派でもダメということ。コミュニケーションの橋を架けるには、1つの柱が優れていることよりも、全体のバランスが取れていることの方が大事なの

3番目の柱は、経路の柱ね。コミュニケーションにはいろいろな方法があるわ。直接会って話をする、電話をする、メールやメッセージで会話する……でも、その時の目的に沿った方法をちゃんと選択することは重要よ。例えば、表情など感情を伝えたい場合は、直接会って話すことが重要よね。面会しづらい場合でも、感情に訴えかけたいメッセージを伝えたい場合には、電話で会話するのが適切ね。メールやメッセージは、相手に対する時間的な面への考慮になるし、スピード感を持った情報伝達に向いている。経路の柱には、そういったコミュニケーションの方法に加えて、影響範囲という観点もある。コミュニケーションはね、あなたの目の前の相手だけとしているわけではないの。あなたの相手は、口コミであなたのことを友達に話すかもしれないし、あなたのメールを誰かに転送するかもしれない。目の前の相手と話していても、コミュニケーションの目的は、相手の上司を説得することなのかもしれない。意図した相手に、あなたのメッセージがしっかりと届くように、コミュニケーションの方法と影響範囲を意識することが経路の柱よ。分かるかしら? チャビーくん」

「そうですね〜、最近はSNSが浸透しているせいで、問題発言が炎上してしまうことも多いですね〜」

「そうね。経路の柱を誤ると一大事になってしまうから気を付けなければいけないわ」

サラはスライドを指し示しながら話を続ける。

「物理、言語、経路と来て、4番目の柱は、品質の柱よ。コンピュータの世界ではね、通信品質を向上させるために、ちゃんと自分のメッセージが届いたかどうか、到達確認をしたりするわ。私の言っていることは理解できてますか? 不明確なところはありませんか? 何か分からないことがあれば何でも質問して下さい、といった感じで、メッセージを投げっぱなしにするのではなく、ちゃんと相手に届いたかどうかを確認するのよ。逆に、相手に対して再送要求をすることもあるわ。今のメッセージ、よく分からなかったから、もう一度話してもらえますか?といった具合でね。コンピュータの世界では、ネットワークの途中でデータが欠落することがあるから、そういう手順を踏むんだけど……猫同士のコミュニケーションでも同じでしょう? よく聞こえなかったとか、勘違いしていたとかで、エラーが起こる可能性がある。それを訂正するのが品質の柱よ」

渋さんは教室の隅で昼寝をしているが、たまに耳だけがピクッと動いたりする。

「どんどん行くわね。5番目は、タイミングの柱。コミュニケーションはとにかくタイミングが命よ。もし、何か主張したいことがあったとしても、周囲の都合に構わず、自分の言いたいことを言ってるだけではダメ。適切なタイミングで主張するのと比べると、結果には雲泥の差が出るわ。他にもね、前回の経緯やコミュニケーションの連続性、相手と連絡を取るタイミングなど、コミュニケーションの適時性に関することは全部、タイミングの柱になるかしら。物理、言語、経路、品質、タイミングと、ここまで来れば、コミュニケーションの橋が破綻することはなくなるわね」

6番目は、整形の柱よ。分かりやすく話ができるか、論理的な構成で文書が書けるか、というように、自分の考えている内容を、伝わりやすい形にうまく編集できるというのが整形の柱。そして最後が、内容の柱ね。内容の柱は、コミュニケーションの目的である、伝えたい内容・メッセージのことだけど、ここまで苦労してコミュニケーションの橋は掛かけてきたとしても、内容が相手の関心に見合うことでなければコミュニケーションは成り立たない。ねえ、大変でしょう? 図書館に行ってみれば、これまで話してきた1つ1つの柱について、それぞれ本が見つかると思うから、気になるところがあれば探してみるといいわ」

ワタシはため息をついた。コミュニケーションの橋を架けるのはなんて大変なんだろう。