5.1 私には夢がある

どこまでも広がる青空、照りつける太陽、今日の気温は35度をこえてくるという予報だったのだが……

「さ、寒い……」

キャッツアイのオフィスは冷房がガンガン効いていて、とにかく寒い。だから真夏なのに、ワタシはストールにくるまりながら仕事をしている。ワタシの仕事は先月までニュースレターの作成だったが、今月からは、ニュースレターの作成に加えて、ユーザーからのコメント分析をしている。

「ネコ美、ユーザーからのコメントは宝の山だからね。それが、どんな厳しいコメントだったとしても、貴重な意見として真摯に受け止めるんだ。愛の反対は憎しみではなく無関心という言葉もある。本当にキャッツアイが嫌いだったらコメントなんて残さないからね」

そんなわけでワタシは、ホームページに寄せられた意見やインターネットの掲示板、SNSでの評判など、ありとあらゆる媒体からキャッツアイに関するコメントを収集・整理し、開発部隊にフィードバックをしている。

キャッツアイは、最初のユーザー登録から商品の売買までがすごく簡単。とにかく取引がお手軽でスムーズ

いらない家具を無料で出品したら、近所の猫が1時間後に引き取りに来てくれた! 奇跡のサービスだな。でも、キャッツアイ自身はこれで儲かるのかな?

俺は先月、キャッツアイからコムキャットに乗り換えた。コムキャットは、ポイント貯まるし使えるし、ヘビーユーザは断然お得だね

 

コムキャットとはキャッツアイのライバル企業で、もともとオンラインショッピングがメインのIT企業だったが、最近になってマッチングサービスの業界にも参入をしてきた。コムキャットは、マッチングサービスに関しては後発だが、既存のショッピング事業を基盤として、ユーザー数を着実に伸ばしている。特に最近は、大々的にテレビ CMを打ち、飛躍的に知名度を上げてきていて、侮れない存在となりつつある。

キャッツアイの新機能、使えなさすぎてワロタwww

仕事とか、サークル活動のマッチングはいいとしても、里親と里子のマッチングとか、親猫の柄から子猫の柄をシミュレーションするとか、誰が使うんだよ、そんな機能。開発者はアホなのか? 笑

キャッツアイ、盗品売買の温床になってねーか? 運営元はちゃんとウォッチしろ

コメントはそういう感じで、厳しいものが多く、読んだ瞬間にグサッとくる。実際に、誰がどんな思いで開発しているかを知っているだけに、余計に胸が詰まる。

キャッツアイでのインターンは、当初から7〜8月の2か月間の予定で、今月いっぱいで終了となる。最初は、ワタシみたいな地味な猫が、急成長中のベンチャー企業なんかでやっていけるのがどうか、不安でいっぱいだった。でも、キャッツアイの猫たちは、ワタシを家族のように受け入れてくれて、自分でもびっくりするぐらい、すぐに溶け込むことができた。せっかく馴染むことができたのに、もう終わりかと思うと寂しい気持ちになる。

「大学を卒業したら、ここで働きなよ」

ケビンを始めとして、何匹もの猫がワタシにそう言ってくれて、そういう気持ちに傾いてきている自分がいる。ただ、そう考えると、さっきみたいなコメントが気になり、余計に憂鬱になってくる。

ああ、もう嫌だ。本当に、こんなコメントが宝の山なのかしら。イヤだイヤだ。もうこんなの読みたくない。今日はもう仕事を終わりにして遊びに行きたい。昼寝して、アイスを食べて、お買い物をして…………と現実逃避をしていると、渋さんからメールが届いていることに気がついた。

第4回講義「想像力」事前課題

自分のライフイベント表を作成しなさい。

フォーマットは添付ファイルの表を使うこと。

ライフイベント表? なんだそれ。

とりあえず添付ファイルの表を開いてみたが、フォーマットは至ってシンプルだった。自分の年齢を書く行が1行あり、1歳から順に25歳まで年齢が書かれている。その下にイベントを書く行があり、自分が何歳の時に、どんなイベントがあるのかを埋めていくらしい。

ライフイベント……これから先に何が待ち受けてるのだろうか。ワタシは何歳まで生きるんだろう。というか、何歳まで生きたいかな? そんなの決められないけど……20歳ぐらいまで生きることができたら満足なのかな。

順調に行けば、半年後には大学を卒業してるはずよね。大学を卒業した後は……キャッツアイに就職で……いいかしら。あとは、えーと、えーと……あれ? ワタシのライフイベントはこれだけ? ちょっと寂しくない? ちょっと待って、死ぬまでにやりたいことがあったはずだ……何だっけ。

焦りながら、ポーチにしまってあった、自己分析シートを取り出した。そうそう、25アイスクリームの全フレーバーを制覇するんだった。あれはいつ達成しようかな……とりあえず2歳ぐらいでいいか。……待てよ、1年間で25種類のフレーバーを食べるとなると、1ヶ月で2種類以上のペースで、新しいフレーバーにチャレンジしていかなきゃいけないのか。不可能じゃないけど、ちょっとペース速すぎない? 今まで通り、クッキーアンドクリームだって食べたいし、さすがに冬場はアイスを食べる頻度も落ちるし……達成は3歳ぐらいにしておくか。

ここまでで、書き上がったライフイベント表を見返してみた。

2歳  大学を卒業しキャッツアイに就職

3歳  アイスクリーム全フレーバー制覇

20歳 ネコ美 永眠

薄い……薄すぎる。自分のライフイベントの中身があまりに薄くて、悲しいを通り過ぎて苦笑ってしまった。

うんうん唸って考えても出てこないので、いったん自分で考えるのを止めて、他の猫に聞いて回ることにした。幸いワタシには、ニュースレターの作成という大義名分がある。インタビューの中に「あなたのキャリアプランを教えてください」という質問を挟み込むのは、そんなに難しい話ではなかった。

あるエンジニアは、このままキャッツアイで働き続けたい、会社が発展していって、株式市場に上場することを望んでいると教えてくれた。別のマーケティング担当者は、キャッツアイでの事業開発経験を生かし、ステップアップして、他の大手企業へ転職をしたいと言っていた。また別のセールス担当者は、未来はどうなるか分からない、考えたってそれ通りにはならないから考えてもしょうがない、という悟りの境地を語ってくれた。聞けば聞くほど、各猫のライフプランは千差万別で、計画的に将来を考えている猫もいたし、その日暮らしの享楽的な考えの猫もいた。いろんな猫の話を聞いて、自分だけで考えてる時よりはイメージは膨らんだが、ワタシのライフイベントは、3個で止まったままだった。