5.5 安らかな眠り

最初にヨシムネが自分の将来像について話し始めた。

「前に、ネコ美が質問してくれたよね。『コンピュータとドローンと宇宙望遠鏡と、どれが一番好き?』って。あれ以来、自分の中でも引っかかっていたんだけど、だんだんと見えてきた気がするんだ。僕は小さいころから、親にコンピュータを与えられていて、機会があればプログラムを組んできた。だから漠然と、将来的の夢としてハッカーを目指していた気がする。ただ、よくよく考えてみると、プログラムは僕にとって、有用なツールであって、目的そのものではないことに気が付いた。むしろ、ロボットやドローンのようなメカを相手にするほうが、エンジニア魂をくすぐられるんだ。自分の設計した機械を、空に向けて飛ばす瞬間というのは本当にワクワクするもんだよ。現実の環境は、僕たちが想像するより遥かに複雑だから、だいたい設計した通りには動いてくれない。ドローンを飛ばしてみても、突風にあおられたり、鳥がぶつかったり、いろんな出来事がある。事前にシミュレーションをして、実験してみて、失敗を糧にして改良をしていく、それがエンジニアリングさ。自分の将来を想像した時、先にイメージに沸いてきたのは、ハッカーではなくて、メカエンジニアの姿だったんだ

興奮気味でヨシムネは続ける。

「メカエンジニアを目指すとしても、高度なプログラミングができるというのは、大きな強みになる。設計のインプットにはさまざまなシミュレーションが必要だからね。その一方で、自分の弱みとして気付いたのは、コミュニケーション力かな。僕は、他の猫が話しているのを聞くと、すぐにアドバイスをしてしまうところがある。自分が問題解決思考だから、こうしたらいいのでは?と解決策を思いついてしまうんだ。でも、そうしていてはコミュニケーションの橋を架けられないと学んだよ。将来、大きなプロジェクトに成功させようと思ったら、たくさんの猫に協力してもらわないといけない。そのために、もっとコミュニケーション力を磨いていこうと思っているところなんだ」

「すごいなぁヨシムネは。ボクはまだ、具体的にチャレンジしたいことが見えてないよ~。食べることが大好きだから、それに絡めて何かできないか模索してるところさ。自分の好きな料理だけを集めたレストランを開く、なんていうのも考えたけど、ちょっといまいちだよね~」

と言いながらチャビーは悩ましい顔をした。

ワタシは、3行だけのライフイベント表をヨシムネとチャビーに見せて笑いを誘った。その後、しばらく雑談をしていたが、時間が来たためディスカッションはお開きとなった。

講義の帰り道、ワタシは考えごとをしながら歩いていた。今日の講義は得るものが多く、いろいろと考えさせることがあった。まだ興奮していて、なんとなく、このまま家に帰る気分ではなかった。

想像力とは自分の関心の幅を広げること。自分の関心が広がると、見逃していた情報が入ってくるようになる。たしかにそうだ。インターンが終わってもキャッツアイで働きたい、そう考えるようになってから、キャッツアイの評判が気になるようになった。

想像力を働かせるのに、目をつぶってうんうんうなっていてもダメ。それも本当だ。ワタシも、キャッツアイの猫達に、キャリアプランを質問するようになってから、少しづつ将来のイメージを膨らませることができるようになった。もっともっと、いろんな猫と話をしたい、経験豊富な猫に話を聞いて学びを得たい、そんな風に感じていた。

気がつくと、公園の遊歩道を歩いていた。時間はお昼時だが、不思議とお腹は減っていない。今日も暑かったが、幸い雲が陰っていたおかげで、直射日光は避けられ、日陰であれば暑さをしのぐことはできた。

遊歩道を歩いていると、いつものベンチに着いたが、今日もおじいさんは居なかった。ちょうど日陰になっていたので、ワタシはベンチに腰掛けた。遠くを眺めると、フィールドでは猫達が陸上の練習をしている。こんなに暑いのに熱中症にならないのだろうか。

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何気なく民家の方に目をやると、赤い三角屋根の家の前で、猫がたくさん集まっているのが見えた。何があるんだろうと思い、民家に近づいて行った。近づくにつれて、心臓が激しく高鳴り、尻尾が震えてくるのが分かった。まさか、と思いながら家の前まで行くと、ワタシの不安は的中した。

それはまぎれもなくお葬式だった。ワタシは状況を飲み込めず、頭の中が真っ白のまま、家の前で呆然と立ち尽くしていた。すると、そこにいた年配の雌猫に声を掛けられた。

「あら、あなたもお父さんの知り合い? よかったらあなたも花を手向けてやってくれるかしら。こんなに素敵なお嬢さんがお葬式に来てくれるだなんて、お父さんも幸せ者ね」

ワタシはしばらく棒立ちのまま突っ立っていたが雌猫の案内に従って、花を持って棺桶の前に進んだ。恐る恐る棺桶を覗いてみると、そこには眠っているような表情のおじいさんがいた。

「きれいな顔をしてるでしょう?」

横から雌猫が言葉を添えた。

棺桶の中には溢れんばかりの花が捧げられており、おじいさんの胸のところには、あのベレー帽が置いてあった。ワタシは、手渡された1輪の白百合を、おじいさんの首元にそっと置いた。おじいさんの表情には一点の曇りもなく、天寿を全うしたと言うに相応しい顔をしていた。

病気だったのかしら。それとも急に状況が変わったのか。前に話したときは元気で、まだまだやりたいこともあると言っていた。「何歳まで生きることができたら、天寿をまっとうしたと言えるのか」というワタシの質問を、どんな気持ちで聞いていたんだろうか。

いろんな想いが込み上げてきて、考えがまとまらなかったが、何とか取り繕い、心の中で弔いの言葉を唱えた。

おじいさん、長い間お疲れ様でした。安らかに眠って下さい。まだまだやりたいことがあると仰ってましたけど、おじいさんのことですから、天国で精力的に活動するんでしょうね。死ぬのは痛かったですか? やっぱり注射を打つぐらいのものでしたでしょうか? 本当のことを言うと、もっともっと、おじいさんにいろんな話を聞いてみたかったです……