6.1 登りたい山を決める

犬猫十年戦争は、犬族の蛮行に対して怒りを上げた猫たちが、連合軍を編成して戦いを挑んだ、神話上の戦争である。この神話は、女神の嫉妬、王妃の誘拐、勇将と英雄の一騎打ちなど、さまざまな逸話から構成されており、現代においても最古にして最高の叙事詩と評価されている。神話の神々たちも、それぞれ犬軍、猫軍に分かれて味方をし、世界を二分する一大スペクタクルロマンとなっている。

戦争が10年目に突入し、両軍の英雄がともに討たれた後に、戦況は膠着状態に陥った。しかし、猫軍の知将による策略によって、戦況は一気に打開した。その策略とは、巨大な木馬を造り、その内部に猫を潜ませるという作戦だった。夜が明けると、犬たちは、城を取り囲んでいた猫たちが消えうせ、後に木馬が残されていることに気がついた。

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「猫軍は逃げ去った。木馬は神々の怒りを鎮めるために作ったものに違いない」

そう考えた、犬たちは木馬を城内に引き入れ、神殿に奉納した。その後、城内では、勝利の宴会が開かれ、犬軍は全員酔って眠りこけた。犬が寝静まった夜、木馬に潜んでいた猫が出てきて、計画通りに合図を送り、城内に猫軍を引き入れた。そして、籠城していた犬軍は一夜にして陥落した。

この犬猫十年戦争は、長いこと伝説上のものと思われていたが、後の考古学によって関連する遺跡が発掘されており、実際にあった戦争を核として形成された神話であろうと考えられている。

図書館の窓から見上げる空には、大きな入道雲が広がっていた。暦の上では、夏の暑さのピークは過ぎたはずなのだが、今日も太陽の日差しは容赦ない。このところ、日中は晴れているのだが、午後から夕立で激しい雨が降る天気が続いている。

ワタシ、ヨシムネ、チャビーの3匹は、図書館で次の課題に取り組んでいる。今回の課題はこうだ。

世界を平和にするという夢に向けて、適切な目標設定をしなさい

壮大なテーマではあるが、少しでも夢に向かっていて、一歩を踏み出すことができていれば、まずはそれでオーケーらしい。昨夜、ヨシムネ、チャビーと課題の内容について、メッセージで意見交換をした。

ワタシが「そもそも、なぜ世界は平和じゃないのか」という問題提起をしてから、議論が発散してしまい、まとまらなくなったので、図書館に集合して一緒に検討をしている。

まずは、それぞれが、猫が争いをする原因を調べて、それを持ち寄ろうということになった。ワタシは、「猫」「戦争」というキーワードで記事検索したところ、犬猫十年戦争についての記事がヒットしたので、それを読んでいたところだ。

「どう? 調べ終わった?」

チャビーとヨシムネが近づいてきた。
「うん、ワタシは犬猫十年戦争について調べてた」

「えー! それって古代の神話でしょ? もっと実際のことを調べた方がいいんじゃないの?」

「チャビーは何について調べたの?」

ボクはね〜、世界の領土問題について調べたよ。ある地域の領有権に関する国家間の争いだね。領土問題は世界各地に存在しているよ。領土問題の発端は、天然資源や農地が主な原因だけど、歴史的経緯も原因になったりするからけっこう複雑だね。『そこは、もともとは我々の先祖の土地だったのに、数百年前に侵略されたんだ! 本当は我々の領土なんだ!』という感じで、領有権を主張していたりする」

「過去には、領土問題を発端に戦争が起きたこともあるよ。まあ、もともと猫には縄張り意識があるから、仕方のないことなのかもしれないけどね〜。領土問題がある場合は、実効支配している側の立場が強いんだ。実際に現地に猫が住んでいたり、建造物を立てていたりすると、それを他国が武力によって排除するのは、国際法で禁じられているからね〜。だから、『ならずもの国家』と呼ばれる国なんかは、数千匹の単位の猫が組織的に国境侵犯をして、隣の国に入って一斉にマーキング行為に及んだりする。そこら中にある木や建物に、体をこすり付けたり、爪とぎをしたりして、自分たちの痕跡を残すのさ。ここは俺たちの縄張りだって主張するんだよ〜

「やっぱり争いの根底にあるのは、猫が本来持つ縄張り意識なのかしらね。ヨシムネは、何を調べた?」

僕は、長毛種原理主義について調べてきたよ。『長毛以外は猫にあらず』という過激な思想を掲げる集団だね。本来、長毛種は温和な猫が多いんだけど、中には著しく極端な主張をして、狂信的な運動を行っている集団がいる。長毛種は大まかに分けても13種類はいるんだけど、その中の2大勢力としてペルシャ派とヒマラヤン派がいて、長毛種同士でも争いを行っていたりするよ」

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「長毛種原理主義者は、社会に不満を持つ仔猫を集めて、戦士としてトレーニングをし、テロ行為を行うので、現代社会の脅威になりつつあるんだ。この間も事件があったばかりだろ? 長毛種のグループが、繁華街の真っ只中で、道行く猫を無差別に猫パンチして回った事件さ。そういうことがあると、怖くてうっかり出歩けないよ。そのせいで、全然関係のない長毛種も差別を受けている。僕の友達も嘆いていたよ、長毛種なだけで『あいつ、危ないやつなんじゃないか』と言われたりするって

ワタシは思いついたことを口に出してみた。

「なぜ世界は平和じゃないのかという疑問に対して、なんとなく見えてきた気がするわ。犬猫戦争と長毛種の話からなんだけど、猫は自分と違う存在に敵意を感じてしまうということ。あとは、猫特有の縄張り意識があるということ。この2つが絡み合うと、争いが始まってしまうのかなあ

「そうだね、僕もそう思う。じゃあどうしたら、世界を平和にできるかな?」

「やっぱり貧困なんじゃないの〜? お腹減っているとイライラするでしょ。お腹いっぱい食べて、たっぷり寝られれば、争う気なんてなくなるよ〜。少なくともボクはそう」

「チャビー、結論出すのに、今まで調べたことが全然インプットになってないぞ。そうだな……どうしたら世界を平和にできるか……世界を一つの国家として、猫の種類も1種類になったとしたら平和になるのかな?」

「すごくいい理想論だけど、猫が1種類しかいないと想像すると、ちょっとつまらないわね」

「ネコ美は何かアイデアある?」

「…………。ごめん、特にアイデアない。強いて言えば……部屋の片づけかな。ワタシは部屋が散らかっているとストレスが溜まって、部屋を片付けるとスッキリするから」

「おいおい、チャビーと一緒のレベルじゃないか!」
3匹は顔を見合わせて笑った。

その時だった。ネットニュースのヘッドラインが目に入り、息が止まった。

嘘にまみれた成長企業 マッチングサービス事業で粉飾決算が発覚

ワタシは目を白黒させながら、記事をクリックした。

大手IT企業のコムキャットは、マッチングサービス事業において、一部不適切な会計処理をしている可能性があると発表を行った。コムキャットは、直ちに第三者委員会を設立し、第三者委員会が主体となって調査を行うとしている。

あー!よかった! キャッツアイじゃなかった! ライバル企業のコムキャットだった。息をついて、ほっと胸を撫で下ろした。

信頼できる筋からの情報によれば、この不適切会計は、今期の会計監査で判明した。経営陣も含めた組織ぐるみの不正を疑われている。マッチングサービス事業は、当初の想定を大幅に下回り、赤字に陥ったため、利益を水増ししたと考えられる。本来、宣伝広告費は発生した期に費用として計上しなければならないが、コムキャットはそれを前払費用として資産計上し、利益操作を図った可能性がある。なお、現時点で調査の完了時期は不明である。発表後、コムキャットの株価は急落している。

「どうしたの? ネコ美、真剣な顔して何を見てんの?」

「ちょっとね……でも、何でもなかった」

「そういえばネコ美は、インターン終わったの?」

「うん、先月で終わったよ」

そう言えば、インターン終わってからケビンに連絡していない。大学を卒業したら、キャッツアイで働きたいと思っていたから、後でメッセージを送っておこう。

ケビンさん、お久しぶりです。コムキャットのニュース見てびっくりしました。ライバルの不祥事で、キャッツアイには有利になるかもですね。そうそう、大学を卒業した後のことを相談したいので、どこかでお会いできませんか?