6.2 マットレスサイズのピザ

「さて、早いもので今日は5回目じゃ。『目標設定力』の講義は、こちらにいるタイラーに担当してもらう。タイラーは、もともとプロバスケットボールの選手だったんだが、選手とはあまり大成しなくてな。ただ、その後コーチになってから目覚ましい活躍をすることになった。万年最下位が定位置だったプッシーキャッツをプレーオフファイナルでの優勝に導いたんじゃ。そのコーチング技術を体系化して、今は企業でコーチングを教えておる。タイラー、よろしく頼むな」

教壇には、大柄の猫が立っていた。筋骨隆々のたくましい茶トラで、足元はスニーカーを履いている。手には大きな指輪が光っている。

「ただいまご紹介に預かりました、タイラーです。本日、講義を担当させてもらいます。よろしくお願いします! 普段の私はだいたい3つの仕事をしてます。1つ目は渋さんの言っていたコーチング研修です。企業の社員を相手に、コーチング技術を教えてます。2つ目は、エグゼクティブ・コーチです。企業経営者などのエグゼクティブを対象に、パーソナルコーチとして、目標達成の支援をしてます。3つ目は執筆活動。業界紙に寄稿したり、書籍を出版したりしてます

「僕、タイラーさんの本を読んだことあります。親父の本棚にあったんですけど……たしか『プッシーキャッツの奇跡』でしたよね。問題のある猫ばかりの弱小チームが、コーチの指導がきっかけで優勝するという」

「君はヨシムネくんだったね、読んでくれてありがとう。そう、そうなんだ。あの時はね、いろんなことを試してみたんだけど、振り返ってみると、1番効果があったのは、これから話そうとしている目標設定に関する事だったね。ヘッドコーチに着任した時はさすがに驚いた。選手の中には、盗みや恐喝といったギャングまがいのことをしている猫もいたし、隠れてマタタビをやっている奴もいた。ボールでじゃれてばかりで、まったく練習をしない猫もいた。ただ、奴らはバスケットボールの才能が無いわけじゃなかった。いろんな方面から、散々バカにされ、やる気を失くしていたんだ。打ちのめされて、方向付けを失っていたんだな。だから、着任してすぐに、1匹づつ面談をして、自分がどうなりたいか、チームをどうしていきたいか、粘り強く聞き回ったよ。そして、少しづつ目標設定をしていったんだ。チームの目標と、各選手の目標をそれぞれ設けていき、両者の整合性が取れるようにミーティングを重ねていった」

「シーズンの序盤は、チーム内でも揉め事があったりしたが、シーズンの三分の一を過ぎたあたりで空気が変わった。チームと各選手の目標がぴったり重なるようになって、それから快進撃が始まったんだ。チームが勝利する度に、我々はロッカールームに猫缶を1つづつ積み重ねて行った。シーズンが終わったら、この猫缶を使って盛大にパーティーをしてやろうと誓っていた。プレーオフの決勝戦も圧巻で、相手チームを完膚なきまでに叩きのめした。シーズンが終わった後、積み上がった猫缶は74個のピラミッドになっていたよ。この指輪はその時のチャンピオンリングで、チーム全員の宝物だ。今でも、その時のチームメンバーとは、定期的に同窓会をやっているよ」

タイラーは自慢げに指輪を見せてくれた。

「目標とは、自分が進みたい方角を示す道しるべだ。もし、自分が地平線しか見えない砂漠に連れて行かれたとしたら、あるいは水平線しか見えない海の上で漂流していたとしたら、どうだろう。目標がなければ、自分が進んでいるのか、止まっているのか、そんなことすら分からなくなってしまう。だから、自分の向かっていく方向に、目標を並べていくんだ。そうすれば嵐が吹いた時でも、自分の位置を見失わずに進むことができる」

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「また、目標はモチベーションを保つのにも重要だ。自分の苦労が徒労に終わるのは誰だって嫌だから、自分が進んでいるかどうか分からないと、そもそも進む気力がなくなってしまう。目標に徐々に近づいていることが分かれば、よし、何とかあそこまで頑張ろうという気になってくる。だから、適切な目標設定ができると、ボーっとしている時間が少なくなって、時間とエネルギーを有効活用できるようになるんだ。目標は大きすぎても、小さすぎてもよくないし、多すぎてもすぎても少なすぎてもだめだ。目標設定には、適切な大きさとタイミング、これが重要だよ。例を挙げて説明しよう」

君たちは、ピザの大食い大会にチャレンジしている。できるだけたくさんのピザを食べた猫が優勝だ。その時、ベッドマットレスのような大きさのピザが、目の前に運ばれて来たらどうだろうか。私なら、食べる前からげんなりしてしまうね。そして食べても食べても少しも減らないから、すぐに飽き飽きしてしまうだろう。

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こういう場合は、1~2口で食べられる大きさのピザをお皿に乗せて、ウェイターに1皿づつ出してもらうのが良い。食べ終わったら次、食べ終わったら次、という感じで、タイミングよくウェイターに出してもらうんだ。そして、食べ終わったお皿をテーブルの横にどんどん積み重ねていく。そうすると自分の実力以上にたくさん食べることができるようになる。目標も同じだよ。適切な大きさの目標を、適切なタイミングで実行して、成果を目に見える形で積み重ねていくんだ。この、マットレスサイズのピザを、1皿づつに切り分けること、これが目標設定力だよ。ここさえうまくいけば、その目標はかなりの確率で達成されるようになるんだ。どうかなチャビー君」

「ボク、ビザ好きなんで、マットレスサイズのピザ食べてみたいですけどね〜」
目を輝かせながらチャビーがおどけた。