7.1 五里霧中

前回の講義から2日後、ワタシはサラに電話をかけ、ケビンの状況について何か知らないか聞いていた。

「実はね、ネコ美さん……」
サラは、重い口調でゆっくりと話し始めた。

ネコ美さんが、インターンで働いている頃からね……予兆はあったの。ちょうどその頃から、投資家の目が、日増しに厳しくなってきたの。マッチングサービスは、フリーミアムを中心としたビジネスモデルで、本当に収益をしっかり出せるようになるのか、疑問を持たれていた。当初、ラウンドBで猫缶20万個を出資をしてくれるはずだったセコイゼ・キャピタルも、約束を反故にして、出資額を当初の半分にすると言い出したのよ。それに合わせて、厳しく事業プランを見直すことを要求されていて、ケビンは毎晩のように事業プランの練り直しをしていたわ。でもね、事業計画のプレゼンテーションをするたびに、突き返されていた……。そして、最悪のタイミングでコムキャットの粉飾会計が明るみになった。あの1件で、マッチングサービス業界には激震が走ったわ。大手のコムキャットに収益性の問題があるのに、他の会社が儲かるわけがない。マッチングサービスはビジネスモデル自体に問題がある。新聞にもアナリストにも徹底的に書き立てられたわ。そしてある日、セコイゼ・キャピタルから役員の猫達が送り込まれてきた。彼らのミッションは、キャッツアイを徹底的にリストラして、収益性を高めることだった。そして、不採算事業からは撤退して、会社で働く猫も半分以下にする方針が決まり、オフィスも家賃が安い雑居ビルに引っ越すことになった。新規サービスも凍結されて、ケビンが統括していたマーケティング部門は、ケビンを含めて部門ごとリストラされることになったの

「そんなことが……あったんですか……」

私はね、コンサルタントとしてリストラ計画を作成する立場だったの。誰をクビにするか……リストを作って役員に提示したのも私よ。ケビンのことは心配しているんだけど、私もリストラをした側の猫だから連絡が取りづらくて……最近の事は知らないのよ。ネコ美さん、もしケビンの近況が何かわかったら教えてちょうだいね」

*

サラとの電話を切ってから、しばらく頭が真っ白になって、ぼーっとしていた。そのうち、居ても立っても居られなくなり、部屋でじっとしていることができなかったので、あてもなく出掛けることにした。ワタシの気分とは裏腹に、今日は穏やか日差しで、風もなく過ごしやすい陽気だ。街路樹の葉っぱをよく見ると、少しづつ赤や黄色に染まり始めていて、秋の訪れを感じる。

駅に着くと、案内のディスプレイに経済ニュースが流れていた。何やらこの数週間で、急速に景気が冷え込んでいるらしい。呆然とチャートを見つめる猫、頭を抱える猫、叫びながら電話をする猫などか映し出されていて、よく分からないけど、大変なことが起きているらしいということだけは伝わってきた。

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ケビンを含めて部門ごとリストラされることになったの

サラの言葉が頭の中で繰り返される。ケビン、辛かっただろうな……本気で世界を変えるという気持ちでやっていたのに。

気がつくと、あのショッピングモールの近くに居た。モールの入り口をくぐると入ると、すでにハロウィンの飾り付けが始まっていた。あちらこちらに、カボチャの置物や、白いお化け、ガイコツ、クモの巣などが、配置され、可愛くコミカルに演出されている。

お昼になったので、フードコートでハンバーガーを買ったが、食べようとしてもなかなか喉を通らない。何だか普段と味が違う気がして、自分がおかしくなってしまった気がした。でも、アイスを食べてみたら、いつも通りの美味しさで、少し安心した。

アイスクリーム店の前には、ドーム状の抽選器が設置されていた。ドームの中に手を入れ、空気の力でくるくるかき回される三角クジを掴み取るらしい。フードコートの椅子に座っているワタシは、しばらくの間、延々とかき回される三角クジの様子を眺めていた。

30分ほど、ぼーっとしていただろうか、ワタシは立ちあがって、ショッピングモールを出ることにした。そして、延々と歩き始めた。帰れなくなっては困るので、線路沿いの道を歩いていくことにした。1時間ぐらいは歩いただろうか、5m幅ぐらいの小さな川に差し掛かった。橋の脇から川に降りることが出来そうだったので、ワタシは川岸まで降りて、石に座って休憩した。

全体的に川の流れは穏やかに見えたが、よく見ると流れが急になっているところ、淀んでいるところ、渦を巻いているところなどもあった。1枚の葉が舟のように流れてきて、川の流れに乗っていたが、渦に巻き込まれてしまって見えなくなってしまった。その後、淀んだところから、葉っぱは顔を出したが、今度は流れに乗ることができない。川の流れに乗ろうとすると、そのたびに渦に巻き込まれてしまい、元の場所に戻ってしまうというのを延々と繰り返していた。

だんだんと日が落ちて、すっかり夕方になってきた。日中は暖かかったが、日が陰るとさすがに寒くなってくる。川の流れを見つめながら、いろいろな気持ちが浮かんでは消えていた。

(キャッツアイのみんな、どうしてるかな……)

(あんな素敵な空間は、他にはないだろうな……)

(ワタシのライフイベント表は白紙か……)

(何がやりたかったんだっけ……)

ポーチのポケットに手を入れて、自己分析シートを取り出そうとした……。しかし、いくら探しても、ポーチには入っていなかった。

ずっとここにしまっていたはずなのに……。間違えて捨ててしまったのか……。どこかで落としたのか……。

はぁ……。心の底からため息が出て、全身の力が抜けた。もう何もする気力が起きないし、頑張ろうとしても体に力が入らない。もう、息を続けるのが精一杯に思えた。いやだ、もういやだ。この悪い運気はどこまで続くんだろうか。もう、今日は帰ろう。帰って早く寝よう。面倒なことは明日考えればいい……。そう思い、ミャオフォンで最寄りの駅を調べようとミャオフォンを取り出した。

渋さんから事前課題のメールが届いていることに気がついたが、内容を読む気にもなれず、そのまま読まずに家路に着いた。