7.3 うまく使えば時間はいつも十分にある

時間

「今日の『マネジメント力』の講義も、前回に引き続きタイラーが担当します。よろしくお願いします」

タイラーの声が、教室の隅々まで響き渡った。タイラーは低い声をしているが、そのお陰で安定感があり、よく声が通る。

マネジメント力の講義は、『計画』『実行』『コントロール』の3つについて順に話していく。内容が盛りだくさんなので、分からないことがあればその場で質問してくれ。では準備はいいかな?」

3匹は頷いた。

「よし、じゃあまずは『計画』から始めよう。事前課題も『計画的に』本を読むという指示だったけど、計画と聞くと何を思い浮かべるかな? チャビーくん」

「ボクは、計画と聞くと、うわ〜大変だ〜と思いますね〜」

「確かにそうだ。普通は計画と聞くと、大変なものを作らなければないないと思ってしまう。でも、計画を立てるというのは、本当はそんなに難しいことじゃない。最初はシンプルなもので構わないんだ。もっとも簡単な計画は5Wを明確にすること。5Wとは、次に挙げる5つの要素のことで、これを書き出すだけでも、立派な計画になる

そういって、タイラーはホワイトボードに5Wを書き出した。

When(いつ)
Where(どこで)
Who(誰が)
What(何を)
Why(どうして)

「How(どうやって)、How much(いくら)などを加えたバリエーションもあるけど、それは状況によって変えればいい。ね、ネコ美さん、簡単だろう?」

「そうですね、これだけで良いと言われれば、気が楽になります」

「これでは物足りないというのであれば、次はWBS(ワーク・ブレイクダウン・ストラクチャー)を作ればいい。これは例を使って説明しよう。

「仮に、ニャンコ科学部1周年パーティーを企画しようとする。君たち3匹が幹事だ。そのパーティーは大学の公式行事で、猫沢大学の関係者だけでなく、各界で活躍するOBも招待して行う、大掛かりなものになる。さて、何から始めたらいいだろうか」

「開催場所をどこにするか……かしら?」

「予算枠の確保ですね」

「料理! まずは料理は何にするかを決めなきゃ~!」

「はっはっは、いろいろやらなきゃいけないことはあるよね。それについてのWBSを書き出してみよう」

タイラーはホワイトボードに黙々と書き始めた。

1.日程の決定
1.1 キーマンの日程を確認する(学長、渋さん、有力OB)
1.2 他の公式行事と、スケジュールの重複がないか確認する
1.3 日程案を決定し、関係者に展開する

2.場所の決定
2.1 過去の類似パーティーの場所を確認する
2.2 日程案で場所が予約できるか確認する
2.3 場所を使用するのに必要な費用を確認する
2.4 場所の予約をする

3.予算の確保
3.1 パーティーに使える予算を確認する
3.2 出席予定の見込み数を決める
3.3 会費を借り決めし、予算総額を概算する
3.4 予算案を作る。(会場、料理、その他)

4.料理の決定


「こういう感じで、やることを構造的に書き出したものが、WBS(ワーク・ブレイクダウン・ストラクチャー)だ。さらに、WBSの項目に対して、それぞれ日程を付け加えていけばスケジュールができあがる。5W、WBS、スケジュールの3つさえあれば、計画としては申し分ない。どうかな? ヨシムネくん」

「こういう手順で作ればいいと、最初から分かっていれば簡単ですね」

「その通りだ。では、計画を作る上でのポイントを3つ話しておこう。1つ目のポイントは、先にやることを見極めることだ。複雑な計画になってくると、作業の前後に依存関係がある。例えばさっきのパーティーの例で言えば、日程を決めることが重要だ。日取りが決まらないと、会場だって予約できないし、そうすると予算も料理も決められないだろう? だからまずは、日程を決めることが先決で、そのためにはキーマンのスケジュールを抑えることが一番最初にやることだ。料理を一番最初に決めるのは……残念だけど現実的じゃないね」

そう言われて、チャビーは恥ずかしそうに下を向いた。

2つ目のポイントは、他の猫に頼むことを先に持ってくること。使える予算の確認は、渋さんに頼んで、大学の教授会でやってもらうことになる。だいたい、他の猫への依頼というのは時間もかかるし、不確実性も増すから、優先順位として先に持ってくる必要があるんだ

そして、3つ目のポイントは、計画に余裕を持たせること。時間も予算も多めに見積もっておかないと、トラブルがあった時に対応できなくなるからね。余裕を持った計画にしておけば、急に締切が前倒しになった時にも慌てないで対応できるようになる。まあ、君らは優秀だから、課題の本も期限内に全部読み切ったと思うがね」

タイラーは皮肉交じりの表情で3匹をからかうように言った。

「以上が『計画』に関することだ。ここまでで何か質問あるかな?」

「計画は、どのぐらいの完成度で作ればいいんでしょうか?」

最初は粗くても構わない。最初のステップが明確になっていれば、まずはオーケーだ。ただし、粗くても全体像が見えるようにすること。常に全体像を意識するというのは、今回の講義を通じて最も大事なことだからね

「それでは次に『実行』について話をする。実行時に一番重要なポイントは『完璧を目指すより、まず終わらせること』だ。現実世界においては、完璧主義はとにかく弊害が多い。例えば、君たち試験のために勉強をするだろう? 完璧主義の猫は、ついつい些細なことが気になってしまう。壁にぶつかると、それを解決するまで先に進めないから最後まで終わらず、いつまでも全体像が見えない。異常に力のこもった課題と、手つかずの課題が生まれてしまってバランスが悪くなる。どうかなヨシムネくん」

「…………心当たりあります」

「だから少しぐらい完成度が低くても、まずは試験範囲を全て終わらせること。完成度を上げるのはその次のステップだ。まず終わらせる、というのが実行時の最初のポイントだ」

そして次のポイントは、収穫逓減(ていげん)の法則を知り、時間やエネルギーを効率的に使うことだ。難しそうだけど心配する必要はない。『0点を80点にするのと、80点を99点にするのは、同じぐらい大変』だと覚えておけばいい。この図を見てごらん」

タイラーは手書きでホワイトボードに図を書いた。

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「例えば試験勉強を3時間したら、テストの点数が50点だったとする。じゃあ、6時間勉強したら100点を取れるようになるかというと、そうではない。簡単な問題はすぐに解けるようになるが、難しい問題が解けるようになるには、多大な勉強が必要になる。だから、100点に近づけようとすればするほど、大変になってくるだろう。だからまずは、合格点が70点なのか、80点なのかを見極めるんだ。全てにおいて100点を取ろうとしたら時間がいくらあっても足りなくなる。同じように、世の中のことは収穫逓減の法則に従っていることが多い。だから、何かを実行する時には、その時に必要な完成度を見極めることで、時間とエネルギーを多いに節約することができるようになる

「僕は全科目満点を目指しますが、それはダメということでしょうか」

「もちろん、全科目満点が取れるのなら、それに越したことはない。ただし、時間が足りなくなって、1科目が30点となってしまった、というのは良くない。まずは、全科目が合格点を取れることを優先し、もし余裕があれば、さらなる高みを目指すというのがいいアプローチだね」

「そして最後のポイントは、優先順位をつけて実行すること。こんな逸話を紹介しよう」

哲学の教授が、あるものを持って教壇に立っていた。授業が始まる時、彼は大きなマヨネーズの瓶にゴルフボールを一杯に詰め込んで、生徒たちに尋ねた。

「この瓶はいっぱいですか?」

生徒たちは「いっぱいだ」と答えた。
すると教授は、小石が入った箱を取り出し、それを瓶に流し込んだ。小石はゴルフボールの間にある隙間を埋めていった。そして再び生徒たちに尋ねた。

「この瓶はいっぱいですか?」

生徒たちは「いっぱいだ」と答えた。
次に教授は、砂が入った箱を取り出し、それを瓶に流し込んだ。もちろん、砂は瓶の隙間を埋めていった。そして、生徒たちに尋ねた。

「この瓶はいっぱいですか?」
生徒たちは満場一致で「いっぱいだ」と答えた。

そうしたら、教授はテーブルの下から2杯のコーヒーを取り出し、瓶の中に注ぎこんだ。それを見て生徒たちは大笑いした。

「さて」、教授の言葉に生徒たちの笑いが止まった。
「この瓶は、あなたのニャン生を表しています。そして、ゴルフボールはあなたの重要なことです。家族、子供、健康、友達、情熱、たとえ他のすべてを失っても、あなたのニャン生は満ち足りたものになるでしょう」

「小石は、他の大事なこと、仕事とか家とか車のことです」

「砂はそれ以外のこと、取りに足らない小さなことです」

「もしあなたが、最初に瓶を砂で埋めてしまったら、小石やゴルフボールを入れる隙間がなくなってしまうでしょう。あなたのニャン生も同じです。もしあなたが、些細なことに時間とエネルギーを使ってしまったら、決して重要なものを手にすることはできません」

「自分にとって重要なことを大切にしてください。子供と遊ぶこと、健康診断を受けること、パートナーとディナーを楽しむこと。掃除や片付けなんかは、いつでもできるのだから。あなたのゴルフボールを大切にするのです。優先順位をつけなさい。それ以外のものは、単なる砂でしかありません」

すると一匹の猫が手を挙げて質問をした。「ではコーヒーは何を示していますか?」

教授は笑いながら「いい質問だ」と答えた。

「これは、どんなに時間がないように見えても、友達とコーヒーを楽しむ時間は残されているということを表しています」

「いいかい、物事は計画通りには進めないのが世の常だ。予定外のことが毎日どんどん降りかかってくる。だから、意識して重要なことに時間を割り当てておかないと、細かい雑事に押し流されてしまうことになる。優先順位をつけるには、何が重要かを忘れてはいけないね。紙に書いて毎日のように読み返したっていいぐらいだ。そうやって何度も何度も自分に言い聞かせるんだよ、どうだい? チャビーくん」

「食べるために生きてる、寝るために起きてる。ボクは自分の重要なことを絶対に忘れませ〜ん!」

「ハッハッハ、素晴らしいミッションステートメントだ。チャビーくんはブレないね」

「さあ、計画・実行ときたので、次は『コントロール』に移ろう。マネジメントは定期的に立ち止まって、計画通りに物事が進んでいるかをチェックするのが不可欠だが、それには2つの目的がある。1つ目の目的は進捗の確認だ。もし、計画通りに進んでいないことが分かれば、計画か実行のどちらかに問題があるから、何か対処方法を考えれば良い。では2つ目の目的はなんだろうか? ネコ美さん、それはなんだと思う?」

「…………計画通りに進んでいることをチェックして……ニヤニヤする?」

ワタシは冗談半分でそう言った。

「そう! その通りだ! 猫にとって、少しずつ前に進んでいるという感覚を持つことは、モチベーションを保つ上でものすごく大事なんだよ。大丈夫、この方向で間違ってない、これを続けていけばゴールに辿り着ける、と感じられることで物事を続けられるようになる。ただしそれは、目標を設定し、計画・実行・チェックを経ないと感じられない。ダイエットだって、スタート地点を記録して、毎日測定をしていないと、そもそも何kgから始めたのかさえ分からなくなってしまうだろう。だから、目標を設定すること、記録を付けること、そして結果を振り返ることは、モチベーションを保って継続していく意味でも、重要なことなんだ」

「計画を立て、それを実行に移し、チェックを行う。もし計画外のことがあっても焦らずに対応し、全体を破たんさせないようにコントロールしながら、目標達成に向かって粘り強く進めていく。これがマネジメントだ。マネジメントは、油絵を描くようなイメージに近いかもしれない。常に全体像を意識しながらキャンバスに絵具を重ね、少し描いてみては、離れてキャンバスを眺める。あちらを直しては、引いて見て、またこちらを描き直す。マネジメントでもっとも重要なことは、全体のバランスを取ることだ。分かったかな?

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タイラーは、ホワイトボードに向かって書き出した。

「では、今日の講義で話した内容をまとめる」

【マネジメント力】
1.計画
5Wを整理する
WBSを作成する
依存関係に気をつけてスケジュールを作る

2.実行
完璧より終わらせろ
0点を80点にするのは、80点を99点にするのと同じぐらい大変
優先順位をつけて実行する

3.コントロール
計画通りに実行できてるかチェックする
モチベーションを保つためにも振り返りは重要
全体像を見ながらバランスを取る

「よし、それじゃあ前回同様、残り時間はディスカッションだ。3匹で今日の講義で得られた気づきを共有するように」

「ん? 終わったか? タイラー、お疲れさんじゃったの。今日は飲みにでもいくか?」

「いいですね~」

渋さんとタイラーは会話しながら、荷物をまとめて教室を出て廊下に消えていった。