8.1 生き残るのは変化できる者

ケビンの家を訪問した3日後、ワタシは大学の教室に居た。渋さんとサラに大学へ来てもらって、ケビンの家であったことの一部始終を話していた。

ワタシが話し終わると、渋さんが口を開いた。

「実はな、ケビンのやつ、2日前にワシのところに相談しに来たばかりじゃ。1時間ばかり、キャッツアイで起きた出来事と、その後の生活ぶりについて話をしておったかのう。あいつのことは子供の時からよく知っとる。ケビンはな、ワシが小学校の教師をやっていた時の生徒だったんじゃ。小学校を卒業した後も、何かあればワシのところに、グチを垂れに来たもんじゃ。キャッツアイをクビになって自暴自棄になっていたが、ネコ美の言葉がきっかけで、目が覚めたと言っておったぞ。心配せんでもええ、あいつは少し打たれ弱いところもあるが、芯は強い猫じゃ。いずれ立ち直るから、今はそっとしておいたらええ」

「私のところにも電話が来たわよ。ネコ美にすまないことをしたと言っていたわ。大丈夫よ、ケビンはきっと立ち直るわ。ネコ美さんも元気を出して。……私はね、悩んだり落ち込んだりする時には、けもの道は開けるという本を読むようにしているの。以前の講義で猫を動かすという本を紹介したけど、これも同じ作者が書いている本よ。悩みごとへの対処法が書かれている素晴らしい本だから、一度読んでみたらいいわ」

「わしからもうひとつアドバイスじゃ。後でメールを送ろうと思っていたんじゃが、次の事前課題の内容は『嫌な出来事を切っ掛けとして、前向きな行動を起こすこと』じゃ。どんなに嫌な出来事でも、事実は事実として変えられん。しかしな、それを契機として前向きな行動を起こすことができたら、後から振り返った時に、嫌な出来事も自分にとって重要な出来事だったと思えるようになるからのう

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渋さんとサラに話を聞いてもらい、その後のケビンの様子も分かって、少し気が楽になった。ワタシも何か前向きな行動を起こそう。ひとまず、サラに薦めてもらった本を借りるために大学図書館に立ち寄った。棚から『けもの道は開ける』を探し、目次からパラパラとページをめくってみた。サラが話していた通り、本には悩みへの対処法が具体的に紹介されていた。さらにページをめくると、印象的な文が目に飛び込んできた。

だから明日を思い煩うな。明日のことは明日自身が思い煩うであろう。
一日の苦労はその日一日だけで十分である。

昨日はただの夢 明日はただの幻
しかし今日を良く生きることは
すべての昨日を幸せな夢に変え すべての明日を希望に変える。

その文を読んだ時に、突然ひらめいた。

そうだ、ケビンにバースデーカードを渡すのはどうか。たしか、ケビンの誕生日は11月だったはずだ。ワタシだけじゃなくて、キャッツアイのメンバーにも頼んで、みんなにも寄せ書きをしてもらおう。辞めてしまった猫達も、サラに聞けば連絡先ぐらいは分かるはずだ。ワタシは興奮気味で本を閉じ、足早に図書館を出た。

思いついてから行動を起こすのは速かった。まず最初にサラに電話をして、自分のアイデアについて話し、キャッツアイのメンバーの連絡先を送ってもらった。次に文房具店へ行って、大き目のバースデーカードを買った。そして…………キャッツアイのメンバーに電話を掛けまくった。挨拶を交わし、しばらく近況報告をして、バースデーカードについて依頼をする。みんな突然の電話にも関わらず喜んでくれた。中でもワタシの電話を一番喜んでくれたのは、カスタマーサポートのキャシーだった。しばらく近況報告をして、ケビンのバースデーカードについて切り出したところ、キャシーが素敵なアイデアを出してくれた。

「ネコ美さん、みんなを訪問して周るのは大変じゃない? それだったら、ちょっとしたパーティーを企画して、みんなに集まってもらったほうが楽なんじゃないかしら。よかったら、私が幹事やるわよ」

ワタシはキャシーの提案に飛びついた。キャシーがパーティーを企画し、ワタシは連絡係となって、現役のメンバー、元メンバーに次々と連絡をしていった。すでに連絡がつかなくなっている猫もいたが、最終的には30匹以上の猫がパーティーへの参加を表明してくれた。

そして……同窓会さながらのパーティーは大盛況となった。数か月前に離れ離れになったキャッツアイの猫たちは、パーティーでの再会を喜んだ。猫たちは昔を懐かしんだり、近況報告をし合って、まるでキャッツアイのオフィスにいるような楽しい時間を過ごした。みんな、ケビンの事はずっと気になっていたようだった。それぞれの思いの丈を自由にカードに書いてもらったら、カード1枚には収まりきらず、全部で3枚のカードを使うことになった。

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「ネコ美、キャシー、パーティーの企画ありがとうな。久しぶりに楽しかったよ。次回はケビンも呼んで、またやろう!」

パーティーの帰りがけに、参加してくれた猫達からたくさんのお礼を言われた。みんな、久しぶりに集まることができて、楽しんでもらえたようだ。

パーティーの会計を済ませたキャシーが声を掛けてきた。

「ネコ美さん、この後コーヒーでも飲んでいかない?」

「いいですね!近くにカフェがあったからそこにしましょうか」

別れるのが名残惜しいワタシとキャシーは、ささやかな2次会に行くことにした。

「今日はありがとう。久しぶりにみんなに会えて嬉しかったわ。絶対、またやろうね。ネコ美さんが電話をしてきてくれたとき、ちょうどネコ美さん、どうしてるかな~と思っていたところだったのよ。ほら、すぐに入社してくるかと思ってたから、連絡先を聞いてなかったじゃない。まさかあの後で、あんなことになるなんて思ってもいなかったから……」

キャシーは声を詰まらせた。聞けばキャシーもリストラに遭って、今も求職中らしい。

「大丈夫ですよ、キャシーさん。きっといい仕事が見つかりますよ。これから起きる素敵なことは全部、キャッツアイでの出来事があったからこそなんですから」

何が大丈夫なのか根拠はないが、キャシーを慰めるために言葉を取り繕った。ワタシも大学を卒業したらどうすればいいのか。先行きの見えない不安が脳裏をよぎったが、「今日を生きることに集中しよう」と自分に言い聞かせ、なんとか心を落ち着けた。