8.4 なんとかなるでしょ

ワタシはヨシムネとチャビーに恐る恐る尋ねた。

「大学を卒業した後の進路って、もう決めた?」

ヨシムネは上気した顔で話し出した。
「まだ決定はしてないけど、何社か企業を訪問して面接を受けてるよ。前にも話したけど、僕はメカエンジニアとして能力を発揮したいと思っていて、航空機のエンジン開発とか、ロボット開発とかの企業を訪問している。でも本当に一番行きたいところはね、画期的な新型ロケットを開発しているベンチャー企業なんだ。これまでロケットは1回きりの使い捨てだったんだけど、そのベンチャー企業は、ロケットを何度も再利用できる技術を開発した。ロケットは、打ち上げて上昇を終えたあと、特定の場所にみずから飛行して戻ってくる仕組みになっていて、打ち上げコストを下げる画期的な技術として注目されているんだよ。ただ、そのベンチャー企業は、今は採用を行ってない。だから、頼れる手がかりがないか探しているところだよ」

「ヨシムネはすごいね、しっかり計画的に考えて行動してるのね。……チャビーはどう?」
「ボクはねぇ、方向性としては不動産でチャレンジしていくことに決めたけど、詳細はまだ考え中かなあ……。自分のことを振り返ってみると、普通の猫よりは、不動産について詳しいと思うんだよね、ボク。別に英才教育を受けてきたわけじゃないけど、子供の頃から親と一緒に関わってるから、当たり前だと言えば当たり前なんだけどさ〜。もともと性格がおっとりしていて安定志向だから、ついついチャレンジすることから逃げてしまいがちなんだけど、一連の講義を聞いていて、もっとチャレンジしていこうという気にはなってきたよ〜。いくつかアイデアを思いついたので、それが現実的に可能かどうか、どのぐらいのリスクを伴うか、顧問の税理士や弁護士の先生に相談に乗ってもらってるところさ。先生たちが太鼓判を押してくれれば両親も協力してくれると思うしね〜。ネコ美は、何か進展あった?」

「…………」

ワタシは口ごもってしまった。実際のところ、卒業後の進路は見えないままだった。けれど、ふさぎこまないように、必死に自分自身に言い聞かせていた。今は想像できないような、素敵な未来が待っているんだと。

「思いわずらうな。卒業後のことは、卒業した後の自分自身が思いわずらうであろう。一日の苦労はその日一日だけで十分である」

ワタシは、読んだ本の一文をもじり、ふざけて言った。

「何それ」
ヨシムネとチャビーが笑った。

「実を言うと、卒業後の進路はまったく決まってないの。そりゃあ、不安になることもあるけど、見方を変えれば、私の未来はまだ真っ白なキャンバスであって、無限の可能性が残されてるってことね。もしかすると今日の帰り道に、たくさん荷物を抱えて横断歩道を渡ろうとしている老猫を手伝ったら、実はその猫が資産家で『親切なお嬢さんありがとう。時間があればウチに寄っていかんかね? 良かったら息子を紹介したい』という展開が……」

「ないない、絶対ない!」

ヨシムネとチャビーが口を揃えて否定したので、ワタシも思わず吹き出して笑ってしまった。

「どこかに猫缶落ちてないかな~。そうすれば悩まなくて済むのに」とワタシが言いかけたところで講義終了のブザーが鳴った。

*

講義の帰り道、バースデーカードを渡すためにケビンの家に向かった。前回、この道を歩いていた時は、不安でいっぱいだったことを思い出す。今も不安がないと言えば嘘になるけど、前と比べると心は晴れやかだった。卒業後の進路は決まっていないけど、不思議と悲壮感はなかった。明けない夜はない、冬が過ぎれば春が来る。まあ、なんとかなるでしょ。

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もう11月の下旬なので、気温は冷え込み、道路の脇には街路樹の落ち葉が集まっているが、さびしい感じはしない。祝日を明日に控えているせいか、街全体がときめいているような雰囲気を感じる。道行く猫や街並みを見ながら歩いていると、なんだか楽しい気分になってきた。勢いづいて、鼻歌を歌いながらワタシはどんどん歩いて行った。

ケビンのアパートに到着し、前と同じように3階の部屋の前まで進んだ。ひとつ、深呼吸をした後、ブザーを押した。…………しばらく経っても返事はない。ドアをノックしてみたが、それでも反応はない…………。思い切って、ドアノブを回してみる。

「ガチャ」

ドアは開いていない。鍵がかかっていた。ふ~、また開いていたらどうしようかと思った。…………ケビンはどこかに出かけているのかな。会えないと思うと少し残念だったが、立ち直って前向きな行動をしているんだと勝手に解釈して、来た道を帰ることにした。

ドアのポストにバースデーカードを入れると、カードがポストから落ち、コツンと床に当たる音が廊下に響いた。